在職老齢年金の見直し、背景と最近の動き

シニア 高齢 ビジネスマン

定年退職の年齢の引き上げなどもあり、60歳以上のシニアの方の就労率が年々上昇しています。その中で、働きながら年金を受け取ると収入額によっては年金額が一部カットされる「在職老齢年金」制度をご存知でしょうか?

この在職老齢年金制度の見直しが今、国会で激しく議論されています。制度の概要と議論のポイントをまとめました。

1.在職老齢年金とは?

在職老齢年金とは、60歳以上の高齢者が厚生年金をもらいながら働いて給料をもらっている場合に、年金と給与の額が一定額を超えると超えた分に応じて年金の受け取り額を減らす制度のことです。

在職老齢年金は大きく分けて60歳〜64歳が対象の「低所得者在職老齢年金」と65歳以上が対象の「高年齢者在職老齢年金」があり、支給制限の対象の計算式などが限度額等が異なります。

※「低」の意味は「低所得者」、「高」の意味は「高年齢者」です。「低」「高」それぞれの意味が異なりますので、ご注意ください。

(1)なぜ在職老齢年金の制度があるのか?

ではなぜこのような制度があるのでしょうか?

そもそも、厚生年金とは労働者が退職して収入が無くなった後の収入を保護するための制度であり、「退職」が年金の受け取りの条件とされていました。

しかし、高齢者は現役世代に比べて給料の額が少ない場合もあるため、「退職」していなくても厚生年金を受けとれるようにしたのが在職老齢年金の元々の考え方です。

また、対象者の年齢によって60歳〜64歳が対象の低所得者在職老齢年金(低在老)と高年齢者在職老齢年金(高在老)がありますが、もともとの成り立ちは年齢の違いで低在老と高在老に分かれているわけではありません。

低在老は低所得者を対象としており、もともと勤労収入だけでは生活が難しい層のために年金を支給するようにした制度がもともとの始まりです。

これに対して高在老は年金を受け取りながら勤労収入のある生活に余裕のあるとみられる方に年金の受取額を減額してもらおうという制度です。ちなみに減額の基準額は高在老の方が高く設定されています。

【参考資料】厚生労働省:在職老齢年金の仕組み

厚生年金のみが対象

年金には、受給要件を満たせば全員がもらえる「老齢基礎年金」と、主に給与所得者だけがもらえる「老齢厚生年金」の2種類があることはご存知でしょう。

在職老齢年金は、老齢厚生年金のみが対象の制度です。ずっと自営業者であって厚生年金に加入したことがない方は、在職老齢年金をもらうことはできません。

(2)支給停止額の計算式

在職老齢年金の支給停止の基準額計算式は以下の通りです。

計算には、厚生年金の受取額をベースにした「基本月額」と勤労収入をベースにした「総報酬月額相当額」が使われます。

基本月額とは、本来受け取る年金額です。正確には加給年金額を除いた特別支給の老齢厚生年金もしくは退職共済の月額のことです。

総報酬月額相当額とは、いわゆる月収です。基本給のほかに役付手当や通勤手当、残業手当などを加えた金額の標準報酬月額に賞与などを加えた年間の収入を大まかに1ヶ月分に換算した金額です。

【参照】日本年金機構:在職老齢年金の計算方法

60~64歳(低在老)の計算式

60歳代前半の在職老齢年金の計算フローチャート
基本月額と総報酬月額相当額の合計額が28万円以下 全額支給
↓ No        
総報酬月額相当額が47万円以下
Yes
基本月額が
28万円以下

Yes
計算方法1
  ↓ No    
  基本月額が
28万円超
計算方法2
↓ No        
総報酬月額相当額が47万円超 基本月額が
28万円以下

Yes
計算方法3
  ↓ No    
  基本月額が
28万円超
計算方法4

基本期にはこのフローチャートの順番に判定していくことになります。

年金月額の停止額の計算方法
計算式1 (基本月額+総報酬月額相当額-28万円)÷2
計算式2 総報酬月額相当額÷2
計算式3 (47万円+基本月額-28万円)÷2+(総報酬月額相当額-47万円)
計算式4 (47万円÷2)+(総報酬月額相当額-47万円)

ざっくりとしたイメージとして、厚生年金の繰上げ受給額+勤労収入の月額が28万円を超える場合は、28万円を超えた額の半分を年金から減額します。勤労収入が47万円を超える場合は、超えた額だけ年金額を減額するというイメージになります。つまり収入の合計が28万円を超えると年金の一部支給停止が始まり、47万円を超えると停止額の増加率が上がるということになります。

例えば60歳で基本月額と総報酬月額相当額がともに15万円の方の場合は計算式1が適用され、(15万円+15万円-28万円)÷2で、1万円が年金の支給停止額となります。

65歳以上(高在老)の計算式

高在老の受け取り停止額の計算式はシンプルです。

基本月額と総報酬月額相当額の合計が47万円以下であれば年金は全額支給となります。47万円を超えた場合は超えた額の半分が受け取り停止額となります。

例えば基本月額が25万円と総報酬月額相当額が25万円の場合は、(25万円+25万円-47万円)÷2で、1万5千円が支給停止となります。

2.在職老齢年金の見直しとは?

(1)なぜ見直しが議論されているのか?

最近にわかに在職老齢年金の制度の見直しが議論されています。若い世代からすると年金の受給額を増やすというのは若い世代の負担増加につながると見られるため、一体なぜという意見もあると思います。

しかし、在職老齢年金は働いて所得がある人ほど年金が減額となるため高齢者の勤労意欲を削いでしまうという弊害があります。定年退職の年齢引き上げもあり、シニアの就業率が高まっている現状にそぐわないなどの背景があるためです。

(2)見直しをめぐる経緯と意見

見直しを巡ってはこれまでさまざまな議論が行われています。

65歳以上の在職老齢年金(高在老)について65歳以上の就業意欲を削がないようにするために現状の支給停止の基準額を47万円から51万円や62万円に引き上げるべきとの意見もあります。

また、60~64歳(低在老)の基準額も現状の28万円から47万円もしくは51万円に大幅に見直すべきと意見されています。

参考までに、諸外国では支給年齢以降は、収入によって年金給付額を減額する仕組みが存在しません。このことから年金は原則に則って給付し、所得の再配分は税金で担保するべきとする制度のあり方そのものを問う声もあります。

【参考資料】厚生労働省年金局:在職老齢年金制度の見直し

支給停止の基準額の引き上げは高齢者の就業意欲の促進につながるメリットがある一方で、年金の支給額が増大することから年金財政への影響というデメリットがあるので見直しは慎重に検討されています。

(3)現在の見直しの方向性

日経の最近の報道によりますと、政府は年金制度改革の見直し案を固めたとされています。

支給停止の基準額
  現在 見直し案
65歳未満 28万円 47万円
65歳以上 47万円 そのまま

新しい見直し案では高在老の支給停止の基準額は47万円で据え置き、低在老の基準額を28万円から47万円に引き上げる方向とのことです。しかし低在老は厚生年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられていることもあり、限られた世代しか制度改正の恩恵が受けられず世代間の不公平という問題も指摘されています。

【参考】日本経済新聞:在職老齢年金見直し、恩恵は特定世代のみ 「就業促進」効果に疑問

3.在職老齢年金に関するあれこれ

その他在職老齢年金について知っておきたいポイントをまとめます。

(1)個人事業主は在職老齢年金が適用されない

在職老齢年金は厚生年金を対象とした制度です。個人事業主の加入できる国民年金や国民年金基金は対象ではありません。

(2)遺族年金や障害年金は変わらない

遺族年金や障害年金を受け取っている方が老齢厚生年金を受給できるようになった場合は併給調整といって、どちらか1つの年金を選択して受給することになっています。そのため遺族年金や障害年金の額は在職老齢年金には影響しません。

(3)働くと損ではない

在職老齢年金制度は一見働いたら損な制度にも見えるかもしれませんが、年金の受取額はマイナスになることはなく、多く働けば総収入は増えていきます。

また、働きながら厚生年金に加入して在職老齢年金を受け取る期間は厚生年金の加入期間に加算されるため、退職後あるいは70歳以降の年金額が増えることになります。

まとめ

在職老齢年金は年金受給者だけではなく、勤労者世代の方にも関わってくる制度といえます。人生100年時代を迎える中で過去に設計された制度を現状にあわせて見直されようとしています。今後の見直しの方向性をきちんと把握するために制度のポイントをきちんと整理して理解しておきましょう。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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