キャッシュレス大国中国で先行する顔認証決済とは|仕組みと実情解説
目下、キャッシュレス決済を利用すると買い物額の2%又は5%の還元策が実施中の日本では、キャッシュレス決済の話題で何かと賑やかです。
そんな中、「中国ではQRコード決済は古い、顔認証決済の導入が進んでいる!」という衝撃的なニュースが日本で話題になっています。
【参考】日経新聞:中国の決済、顔認証主流に
顔認証決済は、どのようなものなのでしょうか?そして、それは中国で浸透したQRコード決済を覆すほど便利なのでしょうか?顔認証決済を進める中国の真意に迫りたいと思います。
目次
1.キャッシュレス大国中国で実用化される顔認証決済とは
1-1.中国はキャッシュレス決済大国
中国では特に、上海、北京、深センと言った大都市での一般市民の日常生活では、9割程度がキャッシュレス決済になっていると言われています。他方で、中国は国土が広く地方(自治区なども含む)と都市部の差が大きいというのも事実です。
一般社団法人キャッシュレス推進協議会が今年の4月に出したレポートでは、中国は韓国に次ぐキャッシュレス決済大国であるという位置づけです。
画像引用元PDF:一般社団法人キャッシュレス推進協議会作成「キャッシュレス・ロードマップ 2019」
1-2.顔認証決済とは?
ところで、顔認証決済とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
先に引用した日経新聞の記事には、実際に顔認証を行っているお店の写真があります。
顔認証決済は、お店がタブレットをレジにおいて、そのタブレットでユーザーの顔認証を行い、認証が通ると決済が完了するという流れになります。
買い物をするユーザーは、財布やスマホすら持たずに決済(支払い)が完了するというシステムです。
そのために、ユーザーは、予め自身のAlipayなどのアカウントに自分の顔写真を登録して、アカウントに顔写真を紐づける手続きが必要になります。
イメージとしては、PayPayのアカウントにクレジットカードを登録するような感じになります。
1-3.中国で顔認証決済の実用化が進んでいる地域
筆者は、先日中国北部の主要都市である大連に行ってきましたが、大連では顔認証決済の導入をしているお店は見かけませんでした。
もちろん駅や地下鉄の顔認証もありません。
日本のメディア記事を読むと、顔認証決済が中国全土で導入が進み始めているような感覚を持ってしまいますが、実際には現時点では、主に中国南部の地域を中心に導入、又は導入実験が進められているようです。
ですから、「QRコード決済が古い」ということはないという事実をお伝えしておきたいと思います。
2.顔認証決済の便利な点
中国の大都市圏では、スマホがあれば生活出来ると言われているくらい便利になっているわけですが、顔認証決済が導入されることで何が便利になるのでしょうか?
最大の利点は、手ぶらで決済が出来るということです。
中国では、特に顔認証決済の実用化実験が進められている南部の方では、自宅に台所がない家もあるほど家で料理をしない人が多いそうです。屋台文化が発達しているので、買って来た方が安いからです。
ですから、アメリカなどと違って、食料品のまとめ買いをしない人たちが多くいます。このような人たちは、アパートからちょっと出た時に思いついて買い物をする人が多いものと思われます。
そのような人達にとっては、手ぶらで買い物が出来る顔認証決済はとても便利なものだと受け入れられているのだと思われます。
3.顔認証決済の仕組みと課題
では、中国の南部地域の大都市圏を中心に導入が進んでいる顔認証決済ですが、中国全土に広げることを念頭にどのような課題があるのでしょうか?
技術的な側面と実用的な側面に整理して説明をしたいと思います。
3-1.手ぶらで済むのは決済(支払い)のみ
顔認証決済自体は手ぶらでも済みますが、その決済の詳細や履歴を確認するためには、アカウントにアクセスする必要があるので、その際にはスマホが必要になります。
中国では、QRコード決済が進んでいるせいか、レシートを積極的にお客様に渡すという習慣が弱いようです。
ですから、仮に手ぶらで決済をしても、後からスマホを見ないと決済の詳細は分からないということになるかと思います。
逆に、せっかく手ぶらで決済が出来るのですから、レシートだけが決済ログであるという状況も本末転倒と言えるかと思います。
3-2.顔認証は偽造し易い
生体認証には、顔認証以外にも、指紋認証や静脈認証があります。
それらの生体認証とは違い、顔は常に表に晒していますし、ソーシャルメディアにはたくさんの写真が公開されています。
そのような中で、整形手術の技術が発達している現在では、同じ顔を作ることは、静脈や指紋を偽造するよりも比較的簡単であると考えられます。
3-3.N対1認証の実用化の課題
顔認証に限らず、生体認証単独で決済を完結させる場合に最大の課題は、N対1認証手続きをどこまで実用化出来るか?だと思います。
まずは、N対1認証手続きについて説明をしたいと思います。
1対1認証とは
現在日本の空港では、日本のパスポートを持っている人は、顔認証手続きで出国手続きや入国手続きをしています。
これは、NECの技術が採用されていますが、一般的に空港での顔認証は、1対1の認証技術となります。
つまり、顔写真の情報がICに内蔵されたパスポートとの顔写真と、モニターに映る顔を比較して本人かどうかを確認する技術です。
パスポートは長いものは有効期間が10年なので、歳を取って顔が変わるというのは当然ですが、化粧で顔が変わったり、痩せたり太ったりする場合もあるので、実は1対1でも100%の認証確率は実現していません。
N対1認証とは
これに対して、現在中国で実施されている顔認証決済はN対1の認証となります。
つまり、アカウント情報と紐付いた顔写真がサーバー等に置いてあり、モニターに映る顔と一致する顔写真をかなり短時間に見つけ出す必要があります。
当然ですが、保存されている対象となる顔写真が多くなれば多くなるほど、高い処理能力が必要になります。この点は、顔認証だけではなく生体認証単独での認証手続きの最大の課題となっています。
N対1認証の技術的課題
日本でも2017年にイオン銀行で、静脈認証だけでATMから現金が引き出せるサービスを導入すると発表されて、当時はかなり話題になり、その技術を提供した会社は一気にFintech有望企業として認知されました。
しかしながら、今回筆者はこの記事を書くにあたり、そのサービスはその後イオン銀行で広がっているかどうか、イオン銀行のサイト等で確認をしましたが、どうやら2017年導入後、そのサービスが拡大されていったという形跡を見つけることが出来ませんでした。
やはり、N対1の認証は、サーバー負荷などの技術的課題が大きいものと思われます。
(何かしら番号を入力する手続きがある場合は別です。日本の銀行のATMではキャッシュカードを使って口座番号を特定して1対1の認証にしています。)
現在、東京の都市の特定のお店での実証実験をしているのは、登録している顔写真に対して、N対1の認証の限界があるからだと推測できます。
3-4.顔は変わり易い
この点が一番分かり易いことですが、指紋や静脈と違い、顔は変わり易いです。
歳を取れば当然顔は変わりますし、病気等で顔が変わることも多々あります。登録した写真は定期的にアップする必要があるところが、指紋認証などと比較をしても面倒な点であります。
4.キャッシュレス決済を進化させる中国の真意
このように見ていくと、顔認証決済にさほどの利点を感じないというのが正直な印象ではないでしょうか?
それでも、中国のキャッシュレス決済がこのように進化していくのは、共産主義国家である中国政府による管理社会強化の一環だと判断するのが妥当だと思われます。
中国は共産主義の国であり、政権交代などがありません。国民は、IDと顔写真で完全に政府当局によって管理されています。
ですから、キャッシュレス決済の顔認証決済の導入による進化は、国民のお金の動きを基本的にすべて把握しようという国家の方針が背景にあるものと理解するべきでしょう。
その対象は必然的に中国国民という事になります。
4-1.システムとして限界があるQRコード決済
お店に出しているQRコードを偽造して、売上金をだまし取るという事故が中国で頻繁に起こっていることは日本でも認知されていますが、一番の問題は、スマホへの一極集中が進み過ぎていて、スマホを誰かに盗まれてしまった場合、その所有者に成りすますことが可能であるということです。実はこのリスクの大きさも指摘されています。
もっと悪意的になれば、だれか特定の中国人に成りすますために、その人のスマホのデータを盗んで、その人に成りすますということも理論的には可能になってしまっています。
これは、中国の政府当局の管理を逆手に取る悪質な犯罪の可能性を示唆するものです。つまり、政治的思惑を持ってそのようななりすまし行動をすることが、今や可能であるわけです。
4-2.中国での信用創造の差別化と進化の必要性
中国ではスマホを通じて、あらゆる行動により信用創造(クレジットスコアリング)をしていますが、今までのやり方では、スコアリング要素が飽和状態になりつつあります。
顔認証が進めば、政府が管理をする目的で国民の顔写真を保有している国なので、それら国が持っている情報と連動することにより、信用創造を出来る幅が広がる可能性があります。
逆に考えると、国が管理している情報と突合することで、個人が積み上げたクレジットの真偽を確認することも可能でしょう。
4-3.管理社会の強化
現在中国では、経済成長率が鈍化しており、国全体が豊かになることで、国民の自由を望む声を抑制するというやり方に限界が出てきています。
香港での暴動や、ウイグル族の問題などもあり、今後は中国政府のよる管理社会がより強化される方向にあることは、オブラードに包まれてはいますが事実だと考えるべきだと思います。
この管理社会を強化するために、最先端のIT技術を駆使するという側面もあるのです。
5.まとめ
日本では、中国のキャッシュレス決済先進国としての情報は表面的な話題が多いですが、中国は民主主義国家ではなく、世界最大の共産主義国家です。キャッシュレス決済を進めるのは、中国政府として、国民を管理するという思想がベースに存在しています。
日本において、キャッシュレス決済の導入で、いずれ脱税などを減らそうとしているレベル感とはかなり違います。
ですから、中国のキャッシュレスは基本的に中国人を対象にして設計されます。
11月5日に、Alipayが中国に住所と銀行口座がない外国人も使えるような仕様を作りましたが、これまで中国は外国人にとっては、決済という面ではとても不便な国でした。
このあたりは、訪日外国人の利便性を第一に考えている日本とは全く異なるわけです。
それは、すなわち政治的判断があるからであり、観光立国のためにキャッシュレスを進めている日本とは全く次元が違うという事になります。
このような背景を理解して、ネットの中国関連の記事を読むとまた違った理解が出来るようになるはずです。
そして、中国に行く機会があれば、中国人の日常生活を違った視点で観察することが出来るはずです。