着々と進むデジタル人民元の実用化~中国の思惑は何か?~

執筆
荒井薫
労働省→公認会計士→コンサルタント→事業会社CFO&国際ブランド付きプリペイドカード事業の立ち上げをやりました。子供の頃から物書きになりたかったため、書く感性を磨きながら、皆さんに様々な情報をお伝えしていければと思っています。
中国 銀行

世界中が未だコロナ禍で大変な状況の中で、コロナ禍が一旦収束している中国では、着々とデジタル人民元の実用化に向けた準備が進んでいるようです。

デジタル人民元は、中国が発行する法定デジタル通貨であり、スウェーデンを始め幾つかの国で進んでいる実用化へのプロセスの中で、国際社会への影響が一番大きいものであることは間違いありません。

この記事では、その最新情報と、デジタル人民元を発行する中国の思惑について分かり易く解説します。

1.デジタル人民元とは何か?

当サイトでは、早くから『法定デジタル通貨』に注目をして来ました。
法定デジタル通貨の一つであるデジタル人民元についても、昨年一度記事で取り上げています。
デジタル人民元を発行する中国政府の真意は何か?

そして、中国においては、コロナ禍で世界経済が混乱する中でも着々とその実用化に向けて準備が水面下で進んでいるようです。最近、かなり多くのニュースサイトで取り上げられているので、その認知もかなり浸透してきているのではないでしょうか?

1-1.デジタル人民元は法定通貨の一つ

法定デジタル通貨とは、国が発行する物理的な紙幣や貨幣に変わり、デジタル(ブロックチェーン技術や高度なセキュリティに守られたWalletを用いたデータの形で存在するもの)で発行される法定通貨を指します。詳細については、「中央銀行がデジタル通貨を発行すると、何がどうなるの?」の記事をご参照ください。

デジタル人民元とは、中国の中央銀行に当たる中央人民銀行が発行する物理的な形(紙幣や貨幣)を持たないデジタル(データという意味)な人民元を指します。

ですから、デジタル人民元を管理するためのWallet(PayPayアプリのようなものをイメージしてください)と、そのデータを読み取ることが出来る端末があれば、紙幣や貨幣が介在しない、『究極のキャッシュレス社会』を実現できるものです。

1-2.デジタル人民元の実用化に向けた現状

中国の中央銀行である中国人民銀行は、2020年4月17日に、深セン、蘇州、雄安、成都において、デジタル通貨/電子決済(一般的にDC/EPと略されます)、すなわちデジタル人民元のテストをクローズドな形で実施すると発表しています。すでに、デジタル人民元を利用するためのWalletアプリの開発は終わっていて、テストに参加する企業の中に、マクドナルドやスターバックスのようなアメリカ企業があるということも報道されています。

今回テストを行うこととなった都市は、広大な中国の国土の中から、バランスよく選ばれています。

デジタル人民元

北京市は2022年に冬のオリンピックを開催することが決定しており、その郊外の雄安、上海の近くの蘇州、最新のITテクノロジーの開発の象徴である深セン、そしてパンダの故郷として有名な観光都市である成都の4つは、キャッシュレスの浸透度やレベル感、市の成り立ちなど全く異なる都市です。つまり、実用化に向けてかなり多角的な実験を行うものと想像することが出来ます。

なお、現段階でも、中国全土においてデジタル人民元を全面的に実用化する具体的な目標時期は明らかになっていないという中国政府高官の発言がありますが、2022年の北京オリンピックを一つの重要なマイルストーンにおいていることは間違いないと思われます。

2.デジタル人民元が発行された社会は、究極のキャッシュレス社会

紙幣や貨幣という『物理的な通貨』を使わない社会を実現するためには、そもそも中央銀行が紙幣や貨幣を発行しなければ強制的に実現できます。デジタル人民元の発行に向けて強い意志を持つ中国は、言い換えれば、『究極のキャッシュレス社会』を少なくとも中国国内では実現しようとしていると言えます。

コロナ禍の影響で、世界的にキャッシュレスが加速度的に浸透している中でも、やはり中国のこの動きは、一番ドラスティックです。
(キャッシュレス化の動きについてはこちらをご参照ください)
コロナ禍でキャッシュレスの流れが加速する世界

2-1.究極のキャッシュレス社会とは?(中国国内)

究極のキャッシュス社会が持つポジティブな側面と、ネガティブな側面は単純に切り分けられるものではなく、一つの事実がポジティブな側面とネガティブな側面の両方を併せ持つことになります。ここでは、その点を分かり易く説明したいと思います。

全ての経済活動がキャッシュレスで行われるということは、すべての取引がデジタルで記録されることを意味します。言い換えれば、取引の透明性が確保されるということになります。では、その『透明性』は何を生むのでしょうか?

  • ① 経済活動のボリューム(統計数値や企業の売上、個人の消費行動など)を正しく把握できる
  • ② 個人の所得もデジタル管理に繋がるので、脱税が極めて困難になる
  • ③ 国民一人一人や企業の資産の状況を国家が把握出来る
  • ④ デジタル通貨へのアクセス権を国家が管理することで、国民や企業を実質的にコントロール出来る
  • ⑤ 外国人、外資系企業の動きも中国政府がかなりの部分を把握することが出来る
 ポジティブな側面ネガティブな側面
中国が発表する統計数値の国際的な信頼性を高めることが出来、国家としての信用を高めることが出来ます。国際社会から見た場合にはネガティブな側面は少ないですが、共産党独裁政権による統計数値の操作が出来なくなることは中国にとってはネガティブかもしれません。
課税の公平性の確保が可能となり、税の徴収額が増えて、所得の再配分効果が高まります。合法的な範囲であれば、一定のプライバシーを市民が確保できるのかが不透明です。
 計画経済において、その精度を高めることが出来るようになります。
(国民の生活レベルを全体的に高める際の指標が正しく把握出来る。)
過度な透明性を嫌い、海外在住の中国人が中国へ資産の還流をしなくなる恐れがあります。
国民一人一人のお金を使い方を正確に把握できることで、精度の高い信用社会を創造することが可能となります。デジタル通貨へのアクセス権をはく奪されると事実上生存権を脅かされるので、政府の国家権力のコントロールが簡単になり、市民の不安や不満が高まる可能性があります。
取引の透明性を元々確保している外資系企業にとっては朗報であるとも言えます。企業機密に関わる資金の動きまで中国当局に把握されることは、外資系企業にとって中国のカントリーリスクが増すことを意味します。

2-2.究極のキャッシュレス社会(国際社会において)

デジタル人民元を国際社会に通用するようにするためには、通貨である人民元を発行する中国政府の信用が国際的に高まらなければ難しいと言えます。つまり、デジタル人民元の仕組みやオペレーションがどんなに優れていても、国際的な通貨としての信用度は、あくまでも国家の信用に依存をするということを意味します。

中国が『一体一路の政策』を進める中で、中国から経済支援を受ける国を事実上「デジタル人民元通貨圏」にすることは、立場の違いから可能であっても、先進国であるアメリカ、日本、イギリス、ドイツ、フランスなどがデジタル人民元を国際通貨として認めるかどうかは、デジタル通貨としての機能とは完全に別の次元の問題であるということを理解しておくことが重要です。

当然、中国ではそのようなことは承知の上で進めていることであり、デジタル人民元を推進しているということは、世界の基軸通貨であるアメリカドルへの挑戦であると理解できます。
デジタル人民元を国際的に流通させるためには、次のような施策が必要であり、それを国際社会が許容することが必要になります。

① 発展途上国への経済支援をデジタル人民元で行う

アフリカなどで、実際に支援をする際に現地で動く企業は中国企業であるケースが大半です。つまり、結局は、中国経済圏の一部を形成することなのですが、その経済活動をデジタル人民元で行うことで、自動的にデジタル人民元経済圏は広がっていきます。

② デジタル人民元経済圏の独占力を高める

中国政府による経済支援をデジタル人民元で行うだけでなく、そこで働く現地採用の労働者への賃金の支払いや現地での決済をデジタル人民元で行うことを強制出来れば、支援を受けた国は、実質的にデジタル人民元経済圏を構成するようになり、他の国際基軸通貨を排除することが可能になり、結果的にデジタル人民元の地位を高めることが可能になるでしょう。

③ デジタル人民元の履歴情報は一定範囲開示する

国際的にデジタル人民元を認知させるには、相対する国だけがデジタル人民元を許容するだけでは国際基軸通貨にはなり得ません。その相対する国が、中国以外の国とも貿易や経済活動を行うことは当たり前なので、第三国にデジタル人民元を通貨として認めてもらう必要があります。そのためには、ブロックチェーン技術を使ったデジタル人民元に関する履歴情報などの一定範囲は、デジタル人民元を許容する第三国に開示する必要があるはずです。

つまり、紙幣や貨幣という物理的な形がない代わりに、その信ぴょう性を担保することになるデジタル情報を中国が独占していては、国際基軸通貨にはなり得ないということです。

3.デジタル人民元発行の中国政府の思惑とは?

昨年、Facebookのリブラ発行計画の発表とほぼ同時に注目を浴びるようになったデジタル人民元発行計画ですが、これは、世界の大国としての覇権争いが、中国とアメリカとの間で鮮明になったことと大きな関係があると考えるべきです。世界での覇権争いの中で、自国通貨が基軸通貨になれないことは、国際社会において致命的な欠陥となるからです。

3-1.アメリカとの世界覇権国争い

現状では、国際的な経済活動においても、国際機関においては、中国人民元の存在は明らかに劣っています。

それは、偽札が多いことや、為替レートを国家が管理していることによる通貨としての信用性が高くないことなど複合要因が影響しており、デジタル人民元の発行に切り替えたことで、解決する課題と解決しない課題があります。従って、アメリカを筆頭に西側諸国では、デジタル人民元の発行を今の段階で大きな脅威であると判断はしていないようです。

けれども、将来的には、WHOなどの国際機関で、中国がデジタル人民元を駆使することで、事実上影響力を増すことができる国際機関を多くすることを目論んでいることは間違いないと思われます。

3-2.中国の思惑を阻止する可能性のある要素

では、デジタル人民元の発行に関して、障害は全くないと言えるのでしょうか?

アメリカを始めるとする西側諸国が冷淡に構えていることで、その障害がないように見えますが、国際社会の中で、中国が無視できない国として、ロシアの存在があると思います。

ロシアは、中国ほどは言論統制をせず、制約はありながらも民主主義を国家として取り入れている国ではあります。民族的にも欧州との結びつきが強く、中国がこのままアメリカと対抗する大国に台頭することを無条件で認めるのかどうかは未知数だと思われます。

更には、本当にアフリカにおいて、このまま影響力を拡大し続けることが出来るのか?についても、コロナ禍によって、駆け引きが活発になってきているようです。

その意味では、エチオピア出身のWHOの事務局長の問題は、中国にとっては、諸刃の剣ともなっています。
中国のアフリカでの存在感が低下すると、国際機関での中国の存在感を高めることが出来ないため、致命傷となる可能性もあります。また、国連の常任理事国であるロシアをあからさまに敵に回すと国連で孤立することにも繋がるでしょう。

4.まとめ

デジタル人民元を駆使するようになった中国が、名実ともに世界第一位の大国になる道のりには、まだまだ不確定要素も多く、今は表面化していない課題も出てくると思われます。

特に、今回のコロナ禍で、改めて国際協調の重要性が再認識されています。
その意味では、今年のアメリカ大統領選挙においてトランプ大統領が再選できるかどうかで、中国が取る戦略も変わってくると思われます。

今年は引き続き、中国とアメリカの対立が激化する中で、アメリカ大統領選挙の結果によっては、各国の国際社会に対するスタンスや思惑が大きく変化することが想定されます。

その中で、デジタル人民元も順風満帆で実用化が進む可能性とそうでない可能性の両方を念頭に置いて、その推移を見守るべきであると考えます。

執筆
荒井薫
労働省→公認会計士→コンサルタント→事業会社CFO&国際ブランド付きプリペイドカード事業の立ち上げをやりました。子供の頃から物書きになりたかったため、書く感性を磨きながら、皆さんに様々な情報をお伝えしていければと思っています。

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