実用化が順調に進むデジタル人民元に課題はないのか?

デジタル人民元

デジタル人民元がニュースで頻繁に取り上げられるようになってから2年余りが経ち、2020年には、予定通りいくつかの都市で実用化テストが行われました。
そして、10月には深センにおいて、一般市民と主要な小売店も参加して大掛かりな利用テストが行われました。その直後には、中国の中央銀行にあたる中国人民銀行が、デジタル人民元実用化のための法改正に着手したことが判明しています。

実用化が見えて来たデジタル人民元を発行する中国政府の目的はどこにあるのか?そして、世界はどのような影響を受けるのでしょうか?この記事では、最新情報を基に分かり易く解説します。

1.世界のトップを走るデジタル人民元

現在では多くの国々で、法定デジタル通貨の発行可能性について議論が進んでいます。しかしながら、2020年にその準備を着実に進めたのは中国のデジタル人民元です。

2020年、中国では4月から、国内複数の都市でデジタル人民元の利用テストが実施されました。
そして、10月には深センにおいて、デジタル人民元1000万元を抽選で市民5万人に配布して、当選者一人当たり200元が配布され、当選者は、市内約3000の小売店で実際に利用して、その実用可能性が検証されています。

これらの実用化に向けたプロセスは、昨年までスウェーデンが世界でトップを走っていましたが、2020年には中国とスウェーデンの立場が逆転したと言えるでしょう。

1-1.デジタル人民元とは?

ここで、デジタル人民元とは何か?について、簡単に確認をしておきたいと思います。

デジタル人民元とは、中国の法定通貨である人民元を、紙幣ではなくデータの形で発行するものです。
今年に入って、CBDC(Central Bank Digital Currency、中央銀行デジタル通貨)という聞き慣れない単語が使われるようになっていますので、この点も併せて簡単に説明します。

デジタル通貨には、民間企業が発行するものと、国家が持つ通貨発行権に基づいて発行するものの2種類があります。
通貨発行権に基づいて発行されるものを、法定デジタル通貨と呼びます。
そして、通貨発行権を中央銀行に委ねている国においては、この法定デジタル通貨をCBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)と呼びます。

この意味では、デジタル人民元は、中国国家が持つ通貨発行権を委ねている中央銀行である中国人民銀行がデジタル形式で発行した法定通貨ということになります。

1-2.構想から5年以上かかったデジタル人民元

世界有数のキャッシュレス社会の中国ですが、デジタル人民元の発行プロセスには長い時間を掛けています。ここでは、時系列に整理されている野村総研の資料などを参考にして、簡単に見ていきたいと思います。

【参考】野村資本市場研究所:中国「デジタル人民元」構想について
https://www.fsa.go.jp/singi/chuukinken/siryou/1203nomuracap2.pdf
【参考】野村総合研究所:他国に先行するデジタル人民元の実証実験
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2020/fis/kiuchi/1020

デジタル通貨の概念やその利用方法については、仮想通貨の存在が一般的になった今となっては特に目新しいものではありませんが、当初は、そのコンセンサスを整理するのにかなりの時間を掛けてことが分かります。

デジタル人民元構想は、2014年に中国の中央銀行に当たる中国人民銀行が「デジタル通貨研究所」を立ち上げて、約5年の年月を費やして整備されています。5年の歳月のうち、前半では主にブロックチェーン技術を用いたデジタル通貨の実現可能性が研究されて、その可能性が確実と判断された後は、具体的な仕組みとその発行準備プロセスの検討が行われて来たようです。

その結果、2022年の北京オリンピックでの実用化が具体的な目標となり、2020年の今年は実用化テストの最初の年となったわけです。この流れで行くと、来年には更に大規模で本格的な実用化テストが続くものと予想されます。

1-3.発行の根拠となる法律改正もスタート

今年の実用化テストは、10月に行われた深センでのテストが総仕上げであったようです。
深センでの実用化テストが終わった10月下旬、中国人民銀行より、中国人民銀行法改正の草案が発表されています。この草案に対しては、11月下旬まで広くパブリックコメントが募集されている段階です。最終的には、パブリックコメントを受けてその改正案は精査されるものと思われますが、その法案の重要ポイントは以下の通りです。

  1. 中国での法定通貨である人民元の発行形態に、「デジタル形式」を正式に加えること
  2. 中国では、デジタル人民元以外のデジタル通貨は全面的に禁止されること。

この法改正により、実用化テストは従来行われていた単発的なものから、デジタル通貨の流通を可能とする恒常的なものとすることが可能になります。そして、中国国内では、既に仮想通貨が禁止されていますが、今後発行される可能性がある民間のデジタル通貨も禁止されることになります。この点については、具体的には、Facebookが発行を計画しているリブラが念頭にあるものと思われます。

また、パブリックコメントを募集したということは、将来的にデジタル人民元を国際的に流通させたい中国政府の狙いを明らかにしたともいえると思います。

2.デジタル人民元はどのように使うのか?

デジタル人民元は、中央銀行である中国人民銀行が発行しますが、今年行われた実用化テストでは、その受取りのために、専用のアプリがテスト参加者に配られています。
具体的には、テスト参加者のスマホにSMSが送られて、そこでリンク先をクリックすると専用アプリがダウンロードされて、携帯番号を入力するとその専用アプリにテスト用のデジタル人民元がダウンロードされて、利用可能になるというものです。

専用アプリにダウンロードされたデジタル人民元は、店頭でそのアプリから直接支払いをすることも可能であり、その場合にはネット環境がなくても使える設計になっていたようです。また、アリペイやWeChat Payなどの決済手段にチャージをして使うことも可能でした。

参考までに、中国語ですが、下記のデジタル人民元特設サイトに、アプリ画面のイメージや、実際に利用された状況の動画など、具体的な情報が掲載されています。
https://mp.weixin.qq.com/s/srWGlBQM5FPDiQJzT9cqHg

2020年には、10月の深セン以外にも、蘇州、雄安、成都などの都市でテストが行われています。いずれの都市でも専用アプリが使われていて、参加者の携帯番号を登録することが必要でした。中国では、携帯番号は個人情報と正確に紐づけられているため、このテストは、完全なKYC(本人確認手続き)をされた環境で行われたことになります。

しかしながら、具体的な利用方法が、デジタル人民元だからといって特別なものではなかったために、特に混乱なく利用されていたようです。
このようにスムーズに実用化テストが出来るのも、既にキャッシュレス決済が完全に浸透している中国の環境が活かされていると言えます。

なお、最新のニュースによると、今後は、今までのC to Bの利用テストから更に本格的な運用テストの段階に入るようです。
具体的には、北京において、金融と貿易などの経済活動においてもデジタル人民元を利用することが可能な特別区のようなものが予定されているようです。
具体的な参加企業の範囲や、実用化テストの詳細はまだ明らかになっていませんが、中国においては引き続きデジタル人民元に関して、多角的な実用化テストが進められることは間違いないようです。そして、このような実用化テストを行うことで、デジタル人民元の使い方も広く認知されていくものと思われます。

3.デジタル人民元を発行する中国政府の目的

今までは、デジタル人民元に関する断片的なニュースと中国政府の一般的な動向を組み合わせて、デジタル人民元を発行する中国政府の思惑を推測してきましたが、ここに来て、中国人民銀行法改正の概要を明らかにしたことで、その目的がはっきりしてきました。

この記事では、デジタル人民元発行に関する中国政府の目的を正しく理解するために注意すべきポイントを整理したいと思います。

3-1.究極なキャッシュレス社会の実現

デジタル人民元を発行する目的はいくつか考えられますが、その目的は何よりも、『究極なキャッシュレス社会の実現』であると言えます。つまり、キャッシュレス社会を実現することが、中国政府の今後の様々な目的に対して相対的に有効であるということが、根幹となります。

キャッシュレス社会には、ポジティブな側面とネガティブな側面の両方が存在します。中国政府として、そのバランスを取りながら、中国政府にとって最適となるような環境整備を進めていくと思われます。言い換えれば、そのバランスの取り方によって、中国政府が何を優先目的にするかが分かると言えます。

  ポジティブな側面 ネガティブな側面
中国が発表する統計数値の国際的な信頼性を高めることが出来、国家としての信用を高めることが出来ます。 国際社会から見た場合にはネガティブな側面は少ないですが、共産党独裁政権による統計数値の操作が出来なくなることは中国にとってはネガティブかもしれません。
課税の公平性の確保が可能となり、税の徴収額が増えて、所得の再配分効果が高まります。 合法的な範囲であれば、一定のプライバシーを市民が確保できるのかが不透明です。
 計画経済において、その精度を高めることが出来るようになります。
(国民の生活レベルを全体的に高める際の指標が正しく把握出来る。)
過度な透明性を嫌い、海外在住の中国人が中国へ資産の還流をしなくなる恐れがあります。
国民一人一人のお金を使い方を正確に把握できることで、精度の高い信用社会を創造することが可能となります。 デジタル通貨へのアクセス権をはく奪されると事実上生存権を脅かされるので、政府の国家権力のコントロールが簡単になり、市民の不安や不満が高まる可能性があります。
取引の透明性を元々確保している外資系企業にとっては朗報であるとも言えます。 企業機密に関わる資金の動きまで中国当局に把握されることは、外資系企業にとって中国のカントリーリスクが増すことを意味します。

3-2.中国国内での唯一無二なデジタル通貨であることの目的

今回の中国人民銀行法改正で明らかになった通り、今後、中国国内においてはデジタル人民元以外のデジタル通貨は明確に禁止されます。つまり、中国の巨大Fintech企業であっても、デジタル通貨を発行することは出来なくなり、民間企業の影響力は抑制されます。

これは、デジタル通貨を排他的に中国政府が発行することにより、究極なキャッシュレス社会においても、中国国内は可能な限り中国政府のコントロール下に置かれることを意味しています。つまり、中国政府は、国内の経済活動においては、基本的に監視レベルを強化する方向に向かうということが予想されます。

今年実施された実用化テストをみても、デジタル人民元は、基本的にスマホを介して利用されることが想定されます。中国においては、携帯電話番号と紐付けされれば、匿名性は一切なくなります。少なくとも個人レベルでは、デジタル人民元の利用によって、人々は経済活動においてプライバシーを確保することはかなり難しくなるでしょう。

そして、今後、企業間の経済活動においてもデジタル人民元の実用化テストが実施されます。そこでは、企業活動において、「どの程度まで企業機密を保持する裁量性を企業に認めるのか?」について、中国政府の狙いが明らかになると思われます。
この点は、外資系企業が受け入れられないような過度な締め付けは出来ないはずですが、中国に拠点を持つ外資企業は、実用化テストで明らかになる内容に充分注意する必要があります。

3-3.ストレスフリーな使い方を徹底する目的

今年になって行われているデジタル人民元の実用化テストで明らかになっていることは、その使い方が極めて分かり易いことです。よく言えば分かり易い、穿った見方をすれば、新鮮味に欠けるとも言えます。
また、実用化テストのために無料でデジタル人民元を配ることはしていても、デジタル人民元にポイント付与などのインセンティブなどは一切付けられていません。
色々な意味で、面白みには欠ける設計になっています。

これは、デジタル人民元が通貨であるという側面を強調していると考えられます。デジタル人民元を発行したら、なるべく早く国内にその利用を浸透させようとする中国政府の思惑があるものと思われます。

つまり、中国政府は、デジタル人民元と従来の紙幣や貨幣を同等に両立させる意図はなく、速やかにデジタル人民元に機軸を移すことを目的としていると思われます。
これは、大したことではないと思われる方もいると思いますが、世界の中でトップを切って法定デジタル通貨を発行する国であることを考えれば、かなり強引だと考えられます。
このように強引に進める目的がどこにあるのかは、今の段階でははっきり分かりませんが、法定デジタル通貨に関しては、世界で主導権を握りたいという中国政府の思惑があるものと考えられます。世界で最初に国単位でデジタル通貨社会を実現出来れば、そこでの仕組みやルールが必然的にグローバルスタンダードになる可能性が高い訳です。

中国が世界一の経済大国になった時に、通貨に関するルールも世界的な主導権を握ろうとする中国政府の目的を垣間見ることが出来ると思います。

4.まとめ(デジタル人民元に課題はないのか?)

このように、2020年に一気に実用化の可能性にリーチを掛けたデジタル人民元ですが、そこには障壁や課題はないのでしょうか?
筆者としては、大きく2つの課題(場合によっては障壁)があると考えます。

一つは、情報を持つことが出来るデジタル形式で存在することから、その情報管理の明確化と公平性、もう一つは中国元という中国の法定通貨の国際化です。

これまでのニュースから、デジタル人民元には紙幣では印刷されている必要最低限な情報(貨幣価値の大きさ、発行年月日、発行主体者など)以外にも、一定の条件を満たせば加工が可能なデータフィールドを持っているようです。つまり、デジタル人民元を使った経済活動のログをそこに記録することなどが可能なのです。従って、

  • ①その情報はどのようなものか?
  • ②その情報は誰が見ることが出来るのか?
  • ③その情報は何のために使われるのか?

という、この3点について明確なルールを定めて一定の公平性を確保出来なければ、中国国内はともかく、国際通貨として使われることは不可能でしょう。
中国から経済支援を受けている発展途上国で利用することが出来ても、それだけでは国際通貨とは言えないわけです。

また、中国元という通貨は、現在でも為替レートは国家が管理しています。通貨の信用が為替取引に反映されない通貨は、デジタルという形に変わっても、真の国際通貨と認められることは難しいと考えられます。
むしろ、国際通貨として認められるために、他の通貨との交換可能性を確保するためには、上記の①②③が明確にルール化される必要があると言えるでしょう。

この点に関しては、中国が5年以上も掛けて構想を練ってきたのは、デジタルという情報の持ち方だと思われます。2020年は、デジタル人民元の運用というハードという点で進展を遂げましたが、来年以降は、情報というソフトという点での整備が進むと思われます。
この意味では、引き続きデジタル人民元に関するニュースは常にアップデートが必要であると考えます。

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執筆
荒井 薫(あらい かおる)
労働省→公認会計士→コンサルタント→事業会社CFO&国際ブランド付きプリペイドカード事業の立ち上げをやりました。子供の頃から物書きになりたかったため、書く感性を磨きながら、皆さんに様々な情報をお伝えしていければと思っています。
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