GPIFによるESG投資とは?国民年金への影響は?
昨年2017年7月に「GPIFがESG投資を本格開始」というニュースがあり、大きな話題になりました。しかし、「GPIFって何?」、「ESGって何のこと?」という人も多いでしょう。GPIFは私たちが国民が積み立てた年金を運用している機関ですが、いったい何に投資していてどんな影響があるのかも気になるところです。
GPIFによるESG投資について、「GPIFとは何か」、「ESGとは何か?」という点から、わかりやすく解説します。
目次
1.GPIFとは
GPIFは、正式には「Government Pension Investment Fund」といい、「年金積立金管理運用独立行政法人」の略称です。GPIFは、厚生労働大臣から委託を受け、厚生年金や国民年金の年金積立金の一部を運用している機関で、その運用資産は約156.8兆円(2017年9月末現在)にのぼります。
GPIFは世界最大の機関投資家で、その一挙手一投足は常に注目されます。2014年10月31日にGPIFの基本ポートフォリオが変更(国内株式の構成割合を大幅に引き上げ)されたときは大きなニュースとなり、株価が急上昇したことを覚えている人も多いでしょう。
2.ESGとは
2-1.ESGとは
ESGとは、環境(Environment)、社会問題(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を取ったものです。そして、これらの要素を取り入れた投資手法がESG投資です。投資に、従来の経営指標に加えESGという社会的な要素を取り入れることで、長期的かつ安定的な収益確保を図る狙いがあります。
ESGは、2006年に国際連合(以下、「国連」といいます)が、ESGへの配慮を機関投資家に求める「PRI」(責任投資原則)を提唱したことをきっかけにまず欧州で広がり、次いで米国、カナダでも浸透しました。現在、世界の1,700を超える機関投資家がこのPRIに賛同し署名(GPIFも2015年に署名)したといわれていますが、日本を含むアジアへはまだあまり広がっていません。
2-2.ESG3要素の詳細
ESG投資は、具体的にはESGの3要素について、以下の観点から投資先を選別します。
- 環境(Environment)→ 地球温暖化(気候変動)、水資源保護、生物多様性の保護、等に対応しているか。
- 社会問題(Social)→ 社会貢献、貧困撲滅、人種差別、女性活躍推進、従業員の健康増進、等に対応しているか。
- 企業統治(Governance)→ 法令遵守、情報開示、監査機能の発揮、等に対応しているか。
このようにESGは、例えばROE(株主資本利益率)などとは全く異なる概念であるといえます。
2-3.SDGsとは
ESGを考える上で、SDGsにも触れる必要があります。SDGsとは、Sustainable Development Goalsの略で、「持続可能な開発目標」という意味です。これは、2015年9月の国連総会で加盟国すべての合意により採択され、2030年までの貧困撲滅や格差是正、気候変動への具体的な対策など、国際社会における17の環境・社会問題の解決を目指すものです。例えばこのなかには、「安全な水とトイレを世界中に」といったテーマも含まれています。
日本においてもすでに、安倍首相を本部長とするSDGs推進本部が設置されており、これまでに計四度の推進本部会合が開催(2017年12月26日開催分も含む)されています。
2-4.SDGsとESGの関係
SDGsは日本の企業にも徐々に浸透し始めており、SDGsの設定目標を経営に取り入れる動きも出てきました。SDGsへの対応により企業価値が向上すれば、そういった企業への投資であるESG投資のリタ-ンも上がります。その意味ではSDGsとESGは切っても切り離せない関係にあるといえます。実際、GPIFも「GPIFによるESG投資と、投資先企業のSDGsへの取り組みは、表裏の関係にあるといえるでしょう。」としています。
ただし、SDGsの正確な概念は企業にはまだ十分には浸透していないかもしれません。企業のなかには、従来のCSR(社会的責任投資)活動をただSDGsに置き換えただけのところや、SDGsを曲解、拡大解釈しているところもあるため、注意が必要です。
3.GPIFによるESG投資
では、GPIFはなぜESG投資を開始したのでしょうか。詳しく見てみます。
3-1.ESG投資の効果
前述のESGの3要素、例えば地球温暖化や貧困撲滅などは一見、一企業の業績と何の関係もないように見えます。しかし、企業が社会の構成要素の一部である限り、企業の業績は長期的には、こういった環境問題や社会問題の影響を間違いなく受けます。よって、あらかじめESGの各要素に対応して、その影響を最小限にしておくことは、企業価値の向上につながります。そして、そのような企業への投資は、長期的かつ安定的な超過収益を生む効果が期待できます。GPIFはこのような効果を期待し、ESG投資を開始しました。
3-2.ESG投資とGPIFの特性
GPIFのようなユニバーサル・オーナー(広範なポートフォリオを持ち、資本市場全体を幅広くカバーする株式所有者)・超長期投資家にとっては、ネガティブな外部性(環境・社会問題等)を最小化することを通じて、ポートフォリオの長期的リターンの最大化を目指すことは合理的な投資行動といえます。そしてそれは、年金の被保険者の最大利益につながります。
3-3.GPIFによるESG投資
GPIFは昨年2017年7月3日に、日本株の以下の3つのESG指数を選定し、同指数に連動したパッシブ運用を開始しました。2016年7月末から9月末にかけて指数の公募を行い、定性・定量の両面から審査を行い、最終的に3指数を選定しました。
当初投資額は国内株全体の約3%程度、約1兆円とし、中長期の投資効果を確認しながら、将来的にESG投資を拡大する方針です。
3-3-1.GPIFが選定したESG3指数とその詳細
総合型指数:FTSE Blossom Japan Index
環境、社会、ガバナンス(ESG)について優れた対応を実践している日本企業のパフォーマンスを測定するために設計されている。インデックスは、業種の比率が日本の株式市場と同等になるように構築され、銘柄の組み入れは国連の持続可能な開発目標(SDGs)を含む既存の国際基準を基に作成されたルールに基づく。(FTSE Russellホームページより抜粋)2017年12月26日現在、指数の組み入れ銘柄は151。
総合型指数:MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数
親指数(MSCIジャパンIMIトップ500指数:時価総額上位500銘柄)構成銘柄の中から、親指数における各GICS®業種分類の時価総額50%を目標に、ESG評価に優れた企業を選別して構築される指数で。この選別手法により、ESG評価の高い企業を選ぶことで発生しがちな業種の偏りが抑制されている。(MSCIホームページより抜粋)2017年12月26日現在、指数の組み入れ銘柄は251。
テーマ型指数(社会問題):MSCI日本株女性活躍指数(愛称:WIN)
親指数におけるGICS®業種分類の中から、性別多様性に優れた企業を対象にして構築される。職場において高いレベルで性別多様性を推進する企業は、将来的な労働人口減少による人材不足リスクにより良く適応できるため、長期的に持続的な収益を提供すると考えられる。MSCIは、性別多様性を推進する企業へのエクスポージャーを模索する機関投資家をサポートするため、MSCI日本株女性活躍指数を開発した。(MSCIホームページより抜粋)2017年12月26日現在、指数の組み入れ銘柄は210。
パッシブ運用のため、GPIFは今後、これら3指数に連動した投資成果の実現を目指す運用を行っていくことになります。
3-4.GPIFが期待する効果
GPIFは、今回のESG投資開始にあたり、主に以下のような効果を期待しています。
- ESG投資の運用資金の拡大が企業のESG評価向上のインセンティブになり、ESG対応が強化されれば、長期的な企業価値向上につながる。
- 海外資金の流入により、日本株のパフォーマンス向上も期待できる。
- 上記二点は年金財政の健全化につながり、またそれがESG投資のさらなる拡大につながる。
(持続可能な社会の構築に向け、ESG投資が好循環をもたらすことになる)
3-5.GPIFの今後のESG投資に対する取り組み
2017年7月3日からのGPIFのESG投資は、最初の第一歩にすぎません。事実、今回総合型指数とテーマ型指数(社会問題)は採用しましたが、テーマ型指数(環境)については「継続審査中」となっています。また、テーマ型指数(企業統治)は今回「該当なし」とされています。
これについて、2017年11月6日付のGPIFの資料によれば、「投資規模は将来的には他のプロダクトを含めて更なる拡大を検討」となっています。今後、未採用の2テーマのみならず、他の資産でのESG投資やアクティブ運用への展開も考えられます。
事実、GPIFは外国株式でのESG投資を開始すべく、すでに環境分野の株価指数(グローバル環境株価指数)の公募を開始しています。
加えて、GPIFは2017年10月12日、債券によるESG投資について世界銀行と共同で研究を行うことを発表しました。ESG投資により企業の問題を早期に把握することができれば、デフォルトなど債券投資の損失を回避することができるため、欧米の資産運用会社の間には「ESG投資は、債券でより有効」との見方が根強くありますが、債券は現状、株式よりESG投資の研究が遅れています。そのため、GPIFと世界銀行のこの取り組みは注目を集めています。
4.国民の年金運用にどんな影響があるか?
では、GPIFによるESG投資は、私たち国民の年金運用にどんな影響があるのでしょうか?
4-1.パフォーマンス(収益率)の問題
まず何といってもパフォーマンス(収益率)の問題が挙げられます。端的にいえば、「ESG投資をすれば儲かるの?私たちの年金は増えるの?」ということです。
例えば、GPIFの2017年第2四半期(7月~9月)の運用状況は、内外株式の上昇や為替相場が円安・ドル高にふれたこと等より、期間収益率が+2.9%(期間収益額は44,517億円)と好調でした。しかしながら、ESG投資を開始したからといって、「高収益を確保できる」あるいは「市場平均を常時上回ることができる」が約束されているわけではありません。
ESG投資のような「見えない価値への投資」の評価測定は難しく、そのパフォーマンス(特に、短期のパフォーマンス)については、関係者の間でも見方は分かれています。また今回、GPIFが採用した3指数でも、構成比率の上位に大型優良銘柄が含まれている指数もあり、「TOPIX(東証株価指数)に投資する場合と、収益率はさほど変わらないのでは?」という見方もあります。
もちろん、前述のとおり、「ESG投資は、長期的かつ安定的な超過収益を生む効果が期待できる」ものではありますが、概念自体がまだ新しいため、過去の運用実績があるわけではありません。結局のところ、ESG投資のパフォーマンス(収益率)の問題については、「ESG投資は長期スタンスで臨むものであるため、年金運用への影響を見極めるにはまだ時間がかかる」ということになるでしょうか。
4-2.ESG投資の多様化
ただし、例えば前述の3指数に連動するETF(上場投資信託)はすでに開発され、以下のとおり東証に上場しています。
- 1652 大和WIN(MSCI日本株女性活躍指数との連動を目指すETF)
- 1653 大和ESGセレクト(MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数との連動を目指すETF)
- 1654大和ブロッサム(FTSE Blossom Japan Indexとの連動を目指すETF)
GPIFに限らず、個人投資家がこれらのETFを購入し、ESG投資を行うことも可能です。よって、ESG投資の多様化を通じ、ESG投資が個人投資家に広く認知され活発化すれば、前述のESG投資の好循環が実現され、結果として国民の年金運用に好影響を与えることは考えられます。
5.まとめ
ESG投資は、全般にまだ馴染みが薄いかもしれませんが、概念自体は重要なものです。特に、今後大企業を中心に、環境問題や社会問題への対応、企業統治の高度化が進展すると思われます。それに伴い、会社員の人であれば社内でいろいろな制度改革に直面する場面が増えることが予想されます。
GPIFによるESG投資について、その背景を理解しておけば、そのような場合でも戸惑うことなく対応できるでしょう。また、資産運用に関心がある人にとっても、ESG投資は覚えておきたい投資概念といえます。