サラリーマンの必要経費は年間でたった25万円?洋服代は2万円!

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令和2年の税制改正で、高所得者の給与所得控除が縮小されることになりました。その議論の根拠として、財務省による税制調査会の資料があります。そこには、年収632万円のサラリーマンの必要経費は約25万円と記載されているのです。これは本当なのでしょうか?

ここでは、所得税における経費に関する考え方や、日本の給与所得控除の現状や改正内容などを解説していきます。

1.財務省資料の紹介

勤労者世帯の年間収入5分位階級別1世帯当たり品目別年間支出金額調査結果

年間収入5分位階級
~449
万円

~582
万円

~722
万円

~903
万円

903
万円~
平均
年間収入額(万円) 354.4 474.3 592.3 711.1 1029.7 632.4





(円)
衣料品 8,604 13,392 19,744 25,010 40,183 21,387
身の回り品 6,433 8,330 12,460 14,404 20,053 12,336
理容・洗濯 6,170 7,512 10,158 13,051 20,807 11,539
文具 976 1,518 1,737 1,597 2,218 1,609
新聞・書籍 25,468 30,771 36,621 44,649 59,101 39,321
小遣い 80,990 120,020 148,336 186,526 233,058 153,786
交際費 3,618 6,636 10,205 15,602 22,646 11,741
合計 132,259 188,179 239,261 300,839 398,066 251,719

【出典】税制調査会 財務用説明資料(所得税)(22ページ目参照)

この表は、財務省が調査したサラリーマンにかかる必要経費の額を年収別に表しています。
この表では、全ての世帯の年収を少ない方から順に並べ、それを5等分してⅠ~Ⅴまでの階級分けがされています。そして、各階級における年間支出額(年間の必要経費の額)が記載されています。

例えば、階級Ⅰは年収449万円までの人が該当し、その中の平均的な年収は354.4万円、年間支出額は132,254円となっています。
5分位階級の下に記載されているのが5階級全ての平均値であり、年収632.4万円、年間支出額計251,719円となっています。要するに、年収約632万円の人はスーツ購入などの仕事に関係する費用支出は、年間約25万円程度であるということです。

2.財務省資料の経費は妥当なのか?

財務省が調査した、年間必要経費25万円という金額については、さすがに少なすぎるのではないかという声が上がっています。
たとえば、洋服代の平均は約2万円です。これでは、安めのスーツ1着くらいしか購入できないでしょう。靴やかばんを揃えたら2万円を軽く超えてしまいます。スーツや靴は消耗品ですので、適宜、買い換える必要があります。

この25万円とは妥当な金額なのでしょうか。必要経費とは何か、25万円などの年間支出額の算出根拠を確認してみましょう。

2-1.サラリーマンの必要経費とは?

所得税は基本的に利益の額に対して課税されます。
サラリーマンであっても自営業者であっても、収入金額(給与や売上)そのままにではなく、収入金額から必要経費の額を差し引いた残額に対して課税されるのです。

自営業者においての必要経費とは事業に必要となった費用の金額ですので簡単ですが、サラリーマンの必要経費とは何なのでしょうか?
考え方としては自営業者の経費と同じで、その給与をもらう為に必要となった経費のことをいいます。

例えば、スーツを着用しなければならない仕事であればスーツやワイシャツ代、そのクリーニング代、専門的知識が必要な仕事では専門書購入費、作業を行う仕事の人であれば作業着や作業靴、仕事の付き合いにおける飲食代など挙げるときりがありません。
業種や個人の考え方などによって、サラリーマンの必要経費は多岐にわたるのです。

2-2.財務省における年間支出額の算出根拠

5分位階級の年間支出額は、どのような根拠に基づいて算出されたのでしょうか。
財務省によると、総務省統計局の「家計調査(二人以上の世帯)」(年間収入五分位階級別1世帯当たり支出金額、購入数量及び平均価格)(下記リンク参照)から、給与所得者の仕事に関係する経費ではないかと、従来から指摘される支出品目を幅広く抜き出し、その年間支出額を調べたものである。とされています。

要するに、家計の実態調査を行い、そこからサラリーマンの必要経費と思われるものを抜き出して合計したということです。

【参考サイト】統計局:家計調査(家計収支編) 時系列データ(二人以上の世帯)

2-3.労働力提供のための休養費は経費に入らないのか?

誰でも仕事をすると疲れます。家に帰って食事をして、お風呂に入って、ゆっくり眠ることで疲れを取りますが、このような休養にかかる費用は必要経費として認められないのでしょうか。
また、力仕事をする人は食費、営業職の人は交際費、アパレル業の人は衣服費が多くかかる場合が多いでしょう。このような職種による必要経費の違いは、どのように考えられているのでしょうか。

家での食費、お風呂に入るための水道光熱費、眠るための寝具費などは、仕事のための費用と言えば確かにそう考えることはできます。また、職種ごとにそれぞれ必要となってくる経費が異なるのも事実です。
このように仕事のために必要な費用とは、職種や個人ごとの考え方により変わってきます。例えば、同じ職種であっても、Aさんは50万円、Bさんは100万円経費がかかったと主張する場合もあるでしょう。

力仕事の人にだけ食費の必要経費算入を認めたり、個人それぞれの申告に対応するようなことをしたら、きっと税務署はパンク状態となってしまいます。
よって、サラリーマンの必要経費については給与所得控除という制度が設けられており、支払額に関係なく、強制的に収入に応じて概算で計算することになっています。

2-4.特定支出控除:特定の経費を控除可能

人によっては、サラリーマンといえども非常に多くの経費がかかる場合があります。そのような人には、特定支出控除という制度があります。
特定支出控除とは、その年にかかった経費の額の合計が給与所得控除額の1/2を超える場合には、その超える部分の金額を給与所得控除後の金額が差し引くことができる制度です。
認められる経費は次の内容です。

  • 勤務必要経費(図書費、衣服費、交際費)
  • 資格取得費
  • 研修費
  • 通勤費
  • 転居費
  • 帰宅旅費

ただし、特定支出控除の適用を受けるためには、給与等の支払者の証明書を添付して確定申告をする必要があります。そのため、利用者は数千人程度しかいません。

【参考サイト】国税庁:給与所得者の特定支出控除|所得税

3.もし給与所得控除が引き下げられたらいくら増税になる?

仮に、財務省資料によるサラリーマン必要経費の金額に給与所得控除が引き下げられたら、いくら増税になるのでしょうか?
冒頭でお伝えした、5分位階級における階級ⅠとⅤの年収の場合で計算してみましょう。

40歳男性、妻は専業主婦、小学生の子供1人、東京在住のケースを仮定します。(令和元年までの給与所得控除額に基づいて計算しています。令和2年からは給与所得控除額が変更されています。)

3-1.階級Ⅰ:年収354万円の場合

現行

【所得税】
354万円-給与所得控除114.2万円=給与所得239.8万円
給与所得239.8万円-配偶者控除38万円-基礎控除48万円-社会保険料=課税所得98.9万円
98.9万円×所得税率5%=所得税4.94万円

【住民税】
給与所得239.8万円-配偶者控除33万円-基礎控除43万円-社会保険料=課税所得108.9万円
108.9万円×住民税率10%+均等割5,000円=住民税11.39万円

【合計】
所得税4.94万円+住民税11.39万円=16.33万円

給与所得控除13.2万円に引き下げ

財務省試算では年収354万円のサラリーマンの必要経費は132,259円ですので、給与所得控除が約13.2万円に引き下げられたとします。

【所得税】
354万円-給与所得控除13.2万円=給与所得340.8万円
給与所得340.8万円-配偶者控除38万円-基礎控除48万円-社会保険料=課税所得199.9万円
199.9万円×所得税率10%-9.75万円=所得税10.24万円

【住民税】
給与所得340.8万円-配偶者控除33万円-基礎控除43万円-社会保険料=課税所得209.9万円
209.9万円×住民税率10%+均等割5,000円=住民税21.49万円

【合計】
所得税10.24万円+住民税21.49万円=31.73万円

よって、給与所得控除引き下げ前後の所得税+住民税の差は、31.73万円-16.33万円=15.4万円ですので、約15万円の増税となります。

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3-2.階級Ⅴ:年収1,030万円の場合

現行

【所得税】
1,030万円-給与所得控除195万円=給与所得835万円
給与所得835万円-配偶者控除38万円-基礎控除48万円-社会保険料=課税所得616.7万円
616.7万円×所得税率20%-42.75万円=所得税80.59万円

【住民税】
給与所得835万円-配偶者控除33万円-基礎控除43万円-社会保険料=課税所得626.7万円
626.7万円×住民税率10%+均等割5,000円=住民税63.17万円

【合計】
所得税80.59万円+住民税63.17万円=143.76万円

給与所得控除39.8万円に引き下げ

財務省試算では年収1,030万円のサラリーマンの必要経費は398,066円ですので、給与所得控除が約39.8万円に引き下げられたとします。

【所得税】
1,030万円-給与所得控除39.8万円=給与所得990.2万円
給与所得990.2万円-配偶者控除38万円-基礎控除48万円-社会保険料=課税所得771.9万円
771.9万円×所得税率23%-63.6万円=所得税113.937万円

【住民税】
給与所得990.2万円-配偶者控除33万円-基礎控除43万円-社会保険料=課税所得781.9万円
781.9万円×住民税率10%+均等割5,000円=住民税78.69万円

【合計】
所得税113.937万円+住民税78.69万円=192.627万円

よって、給与所得控除引き下げ前後の所得税+住民税の差は、192.627万円-143.76万円=48.867万円ですので、約49万円の増税となります。

階級Ⅴの年収では、もともと給与所得控除が195万円と多額の控除がありましたので、影響も大きくなります。

4.実際の給与所得控除は高い!

4-1.最低でも55万円の給与所得控除

さて、サラリーマンの必要経費が財務省試算の金額までしか認められなかったら大変な増税になるという話をしてきましたが、実は現在はそれをはるかに上回る経費が認められています。

給与所得控除は年収によって異なりますが、最低でも55万円、最高で195万円の控除を受けることができます(令和2年分以降)。参考までに、令和元年分までは、最低55万円、最高220万円でした。

それなら、先ほどの「サラリーマンの必要経費の平均は25万円」は何だったのかと疑問がわきますが、政府としては、おそらく、本来は25万円程度だがそれだとサラリーマンの生活が厳しそうなので多めに見て55万円以上にしていると説明をつけたいのかもしれません。

今は十分に優遇してあげているのだから将来財政が厳しくなったら削りますと言ってくる可能性もありますので、今後の動向には注意が必要です。

4-2.過去の経費の推移

次の表は、各年度における年間支出額の平均と、その平均額の平均年収に対する割合、階級Ⅴの人達の年間支出額の平均が記載されています。
今から約30年前であっても、収入に対する必要経費の割合は10%程度であり、近年においては4%まで減っています。
給与所得控除の額は収入の2~3割程度ですので、以前からかなり高い金額が控除されていることが分かります。

  昭和
48年
60年 平成
22年
23年 24年 25年 26年 27年 28年
収入に占める勤務関係経費の割合 11.3% 9.2% 5.3% 5.0% 4.8% 4.7% 4.4% 4.2% 4.0%
平均年間支出額
(万円)
22.5 46.8 32.9 30.6 29.6 29.6 27.5 26.4 25.2
年間収入最上位の平均年間支出額
(万円)
37.2 68.3 53.8 49.3 47.3 48.5 41.9 40.5 39.8

【出典】税制調査会 財務用説明資料(所得税)(22ページ目参照)

4-3.世界との比較

次に日本の給与所得控除を世界と比較してみましょう。
給与所得者に対する控除は日本が最も高くなっています。
日本は収入に応じて柔軟に控除額が決まりますが、ドイツとアメリカは定額制、フランスは日本と似ていますが最低額、上限額ともに日本より低く設定されています。

【出典】財務省:給与所得者を対象とした概算控除の国際比較

4-4.令和2年から給与所得控除引き下げ

令和2年(2020年)の税制改正において、給与所得控除の引き下げと基礎控除額の引き上げが行われます。
改正内容は次の通りです。

  • 給与所得控除額を10万円引き下げ
  • 給与所得控除の上限額を現行220万円から195万円へ引き下げ
  • 基礎控除額を現行38万円から48万円へ引き上げ

年収850万円を上回る人が、実質、増税になります。といいましても、増税額は数万円程度です。

平均的なサラリーマンの必要経費が年間約25万円というのは衝撃的な数値でしたが、実際は特に心配しなくても良さそうです。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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