年収156万円の壁が新たに出現?社会保険料を企業に押し付け

【最新情報】
2024年12月10日に行われた「第23回社会保障審議会年金部会」において、厚生労働省は、社会保険料の会社負担割合を最大9割にすることを許可する案を示しました。

「106万円の壁」を超えると、パートで働く人に社会保険料が発生して、手取り額が減ることが問題となっています。

そこで、年収106万円を超えても手取り額があまり減らないようにするために、年収156万円未満のパートの社会保険料を企業に押し付ける案が浮上しました。

社会保険料を企業が負担するとはどういうことか、仮に実現するとどんな影響があるのか等を、わかっている範囲で解説します。

1.企業に最大9割の社会保険料の負担を押し付け

現在、社会保険に加入している社員の社会保険料は、基本的には労使折半であり、社員:企業=1:1の割合で払っています(大企業が独自で組織する一部の組合では、企業の負担割合が5割より高いところもあります)。

従業員51人以上の企業で働くパート社員が年収106万円(月収88,000円)を超えると、社会保険に加入する必要があり、社会保険料の負担が発生して手取り額が減ってしまいます(年収106万円だと年間で約15万円くらい)。

そこで、手取り額が減るのを防ぐために、年収156万円(月収13万円)未満のパートに限って、企業の判断で社会保険料を最大9割まで肩代わりできるようにする制度を厚生労働省が検討しています。

年収106万円を超えた時点では企業が社会保険料の9割を負担し、年収があがるにつれて徐々に負担割合を少なくし、年収156万円に達した時点で、従来通りの5割負担になるようにします。

これにより、従業員は負担が減って嬉しいところですが、企業はその分の負担が増えることになります。ある意味、社会保険料の負担を企業に押し付けるものだといえます。

2.会社が最大9割負担で人件費25%アップ

もし、会社が社会保険料の9割負担となった場合、従業員と会社の負担する金額がどうなるか確認してみましょう。

[前提条件]
・協会けんぽ加入(東京)
・40歳以上
・年収108万円(月収9万円)

従業員5割・会社5割の場合

1ヶ月の社会保険料
項目名 従業員負担分 会社負担分 合計
健康保険料 4,391円 4,391円 8,782円
介護保険料 704円 704円 1,408円
厚生年金保険料 8,052円 8,052円 16,104円
子ども・子育て拠出金 0円 316円 316円
合計 13,147円 13,463円 26,610円

※「子ども・子育て拠出金」は会社だけが負担します。

従業員の負担は、年間の保険料が13,147円×12=157,764円ですので、106万円の壁を超えた場合には、約15~16万円程度、手取りが下がります

従業員1割・会社9割の場合

仮に、従業員1割・会社9割の場合は、このようになります。

1ヶ月の社会保険料
項目名 従業員負担分 会社負担分 合計
健康保険料 878円 7,904円 8,782円
介護保険料 141円 1,267円 1,408円
厚生年金保険料 1,610円 14,494円 16,104円
子ども・子育て拠出金 0円 316円 316円
合計 2,629円 23,981円 26,610円

従業員の負担は、年間の保険料が2,629円×12=31,548円ですので、106万円の壁を超えた場合に、約3万円程度、手取りが下がるだけですみます

ただ、会社側から見ると、月給90,000円に対して、企業が負担する社会保険料は23,981円ですので、人件費が26.7%アップします。
介護保険料が発生しない40歳未満の社員の場合でも、人件費が約25%アップします。

3.「156万円の壁」が新たに出現か!

パート従業員からすると、年収156万円(月収13万円)までであれば、社会保険料の負担が5割未満ですみます。
でも、年収156万円を超えると、社会保険料の負担が5割に戻ります。

すると、年収156万円未満に抑えて働くパートが現れます。

つまり、「156万円の壁」が新たに出現したということになります。

4.今でも一部の会社は多く負担している?

実は、主に大企業の健康保険組合の一部では、健康保険料の会社負担割合を5割よりも多くしているところが、895組合あります。

だから、社会保険料の会社負担割合を増やしても問題ないという論調が一部にあります。

【出典】第20回社会保障審議会年金部会 参考資料p32

とはいえ、負担割合を増やしているのは、895組合のみです。また割合を増やしているといっても、その割合は50~60%がほとんどです。9割まで増やしているところは一つもありません。

なお、中小企業が加入している「協会けんぽ」は一律で5割です。

5.中小企業が破綻する?

企業が社会保険料を肩代わりするかどうかは「あくまでも任意」ということになっていますが、人手不足と言われている現在、採用を少しでも有利に進めようと思ったら、財政的に余裕のある企業は、保険料負担9割を選ぶでしょう。

パート従業員から見れば、当然、保険料負担が少ないほうが良いですので、そのような企業に応募が集中します。おそらく、利益が多い大企業が中心になるでしょう。

すると、中小企業には人が集まらなくなり深刻な人手不足が生じて、仕事が成り立たなくなります。
一方で、社会保険料9割負担を実施したら、こんどは人件費25%アップと同じ状況ですので、赤字に陥ります。特に、パート従業員を多く抱え、もともと利益率が低く数パーセントしかないような、飲食業・小売業などでは、深刻な赤字に陥り、財政的に破綻するでしょう。

多くの中小企業が倒産する事態になり、街からは、飲食店やコンビニが消えるかもしれません。

▷助成金は効果がある?

社会保険料の負担割合を引き上げた企業には、助成金を支給することが検討されています。

しかし、現時点でどのくらい助成金が支給されるのか定かではありません。
仮に満額支給されるとしても、毎月ごとに計算して申請しなければならず、大きな事務負担になります。また、不正受給も発生するでしょう。

新型コロナウイルス感染症が流行した際に、雇用調整助成金や休業給付金が山のように支給されましたが、詐欺師が暗躍して大量の不正受給が発生したことは記憶に新しいと思います。

助成金の支給に慣れておらず、社労士にも委託できないような零細企業には、助成金の恩恵は届かないかもしれません。

あと、これは大いに疑問ですが、そもそも助成金を支給するくらいなら、企業に保険料を負担させずに、国が直接負担すればすむ話ではないでしょうか
なぜ、こんなことをするのか謎が深まるばかりです。

6.雇用ではなく業務委託が増える!

上記は、どちらかというと、最悪のシナリオです。どの会社も一生懸命に生き残ろうとしていますから、何らかの対策を考えるでしょう。

「社会保険料負担を企業に押し付け」に対する一番の対策は、年収156万円未満のパートを雇用ではなく業務委託に切り替えることです。
「業務委託」は、雇用ではありませんので、社会保険に加入しませんし、会社は社会保険料を負担する必要はありません。おまけに、業務委託の外注費は「課税取引」といって、消費税が含まれていますので、課税事業者である会社は消費税10%分を控除することができます
社員ではないため、労務管理も必要なく、不要になったらいつでも契約を切ることができます。

会社側からするととても良い仕組みですが、パート従業員側からすると、大変な状況になります。

会社に雇用されている立場から、フリーランス・個人事業主になります。自分で国民健康保険・国民年金に加入して保険料を払うことになりますが、全額自己負担ですので、保険料は大きく増えます。課税取引ですので、取引先からもらった金額のうち10%は消費税であり、課税事業者になれば納税が必要です。
また、雇用されていれば安定した収入がありますが、フリーランスでは収入が不安定になります。病気やケガをしたら収入がなくなります。取引先の都合で、突然契約を切られることもあります。

パート従業員の負担を減らすために作られたのに、蓋をあけてみたら、職を失って苦しむ人が続出する、なんていうことになりかねないかもしれません。

▷パートで雇用されたいなら多く働かないといけなくなる

それが嫌なら、頑張って働いて、年収156万円(月収13万円)以上にするしかありません。これは、全国のパート平均時給1,266円(2024年9月時点)で勤務時間に換算すると約103時間、1週間では約25時間程度です。
パート時給がもっと低い地方や業界の場合は、1週間で30時間くらい働く必要があります。

今後は、パートで雇用されたいなら、中途半端に働くことはできず、ほとんど働かないか、多く働くか、どちらかの選択を迫られることになります。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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