106万円の壁が撤廃されるとどうなる?誰にどんな影響がある?

106万円の壁

2024年11月、政府は、基礎控除を引き上げて、「103万円の壁」を「178万円の壁」にする議論を開始しましたが、一方で、「106万円の壁」を撤廃する議論もされているようです。

「106万円の壁」が撤廃されるとどうなるのでしょうか? いろいろな説が飛び交っていますが、実際のところ、影響がある人/影響がない人に分かれます。ここには、現在のインフレ(物価高騰)や賃金上昇も関連しています。

「106万円の壁」が撤廃されたときの影響を解説します。

1.106万円の壁とは?

まずは、「106万円の壁」とは何か?について、軽く触れておきます。

簡単にいうと、「106万円の壁」とは、社会保険加入の必要が生じる収入条件の壁です。

もともとはなかったのですが、2016年10月に登場しました。政府が、社会保険に加入する人を増やそうとしたからです。

▷106万円の壁を超えるとどうなる?

従業員が51人以上の会社で、アルバイト・パート等で働く人は、年収がだいたい106万円を超えると、社会保険に加入する必要があります。

社会保険に加入すると、社会保険料を支払う必要があり、手取り額が一気に年間14~15万円くらいダウンします

夫婦世帯で片方がパートで働いている場合、106万円の壁を超えたときの、夫婦世帯の手取りはこんなイメージです。

年収の壁 106万円の壁 社会保険

▷正確には月収「88,000円」の壁

「106万円の壁」と呼ばれていまが、年収が106万円を超えた瞬間に何かが変わるわけではありません。

実は、社会保険加入の条件は、年収ではなく、月収で判断します。月収88,000円以上の人が対象です。

ちなみに、この「88,000円」は基本給だけで、残業代・交通費(通勤手当)・住宅手当・家族手当・皆勤手当などは含まれません

本来は「88,000円の壁」と呼ぶべきかもしれませんが、昔からある「103万円の壁」になぞらえたほうが親しみやすいので、年収に換算して「106万円の壁」と誰かが呼んだのでしょう。

88,000円×12=1,056,000円

で、実際は年収105.6万円なのですが、「105.6万円の壁」というのも言いにくいですので、繰り上げて切りのよいところで「106万円の壁」と言われています。

▷社会保険の加入する条件は他にもある

「年収106万円(月収88,000円)」は、社会保険に加入する条件の一つにすぎません。他にもいくつかあります。
次のすべてを満たす場合に社会保険に加入することになります。

  • 従業員数が51人以上の企業で働いていること
  • 週の所定労働時間が20時間以上であること
  • 月額賃金が88,000円以上であること(年収換算で105.6万円以上→約106万円)
  • 雇用期間が2か月を超える見込みがあること
  • 学生ではないこと

このうち、収入の条件と並んで重要なのが、「週の所定労働時間が20時間以上」という部分です。

この部分が、「106万円の壁」が撤廃されたときに影響があるかどうかを決めるうえで、重要なポイントとなってきます。

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2.106万円の壁が撤廃されるとどうなる?

従業員数51人以上の会社に勤務するアルバイト・パートが、社会保険に加入する条件はいくつかありますが、もう一度あげておくと、一番大きいのは次の2つです。

  • 週の労働時間が20時間以上
  • 毎月の給料が8.8万円以上

「106万円の壁」が撤廃されると、このうち、下のほうの条件がなくなります。そして、「週の労働時間が20時間以上」という条件だけが残ります。

この労働時間の条件まで撤廃するかどうかは現時点では不明ですが、ここでは、収入の条件だけ撤廃すると仮定して話を進めます。

▷時給が高い都心部では影響なし

マイナビ:2024年9月度 アルバイト・パート平均時給レポートによると、2024年9月時点のアルバイト・パートの全国の平均時給は、1,266円です。

都市部ではもっと平均時給が高く、関東が1,344円、関西が1,296円、東海が1,190円です。さらに、東京だけでは1,476円、大阪だけでは1,382円です(イーアイデム:東京都の平均時給)。

たとえば、時給1,350円でパートで働いているとすると、さきほどの収入条件「月収88,000円」は労働時間にすると約65時間です。1週間当たりでは約16時間です。

となると、「月収88,000円以上」という条件が廃止されても、週の労働時間は20時間を超えていませんので、社会保険に加入することはなく、特に何も変わりません

時給1,350円の人が週20時間(月80時間)働くと、

1,350円×80時間=108,000円

で、年収換算では、129.6万円です。これは「130万円の壁」とほぼ等しいです。つまり、関東エリアで働いている人は、年収でだいたい130万円を超えないかぎり、社会保険に加入しなくても大丈夫です。

仮に、時給が1,250円であったとしても、週20時間(月80時間)働くと、月収10万円(年収120万円)です。

関東エリアなど都心部でアルバイト・パートで働く人は、「106万円の壁」がなくなっても影響はありません

▷時給が低い地方では、社会保険に加入する必要あり

一方、アルバイト・パートの平均時給は、北海道・東北:1,114円、甲信越・北陸:1,129円、中国・四国:1,106円、九州・沖縄:1,130円です。

88,000円÷80時間=1,100円

ですので、このエリアの方は、1,100円より時給が低いと影響が発生します。

たとえば、時給1,000円の人は、週20時間(月80時間)働いても、月収8万円(年収96万円)ですので、現状は、社会保険に加入する必要はありません。ところが、「106万円の壁」が撤廃されると、週20時間以上働いたら、社会保険に加入する必要が出てきます

地方で働く人は、「106万円の壁」がなくなると、社会保険に加入する必要があり、手取りが下がる可能性があります

手取りが下がったあと、元の金額に回復するのは、だいたい年収123万円(月収10万2500円)を超えたあたりからです。

3.106万円の壁が撤廃されたときの社会保険料、手取り早見表

仮に106万円の壁が撤廃されたときの、社会保険料、手取りの早見表を作成しました。

2024年10月時点の最低賃金は約950円ですので、週20時間、月80時間働くと、月給は76,000円です。だいたいそのあたりからの表となっています。

月給 年収 社会保険料 税金 手取り額 手取り割合
75,000 900,000 148,728 0 751,272 83.47%
80,000 960,000 149,088 0 810,912 84.47%
85,000 1,020,000 155,436 5,000 859,564 84.27%
90,000 1,080,000 155,796 5,000 919,204 85.11%
95,000 1,140,000 173,124 5,000 961,876 84.38%
100,000 1,200,000 173,484 7,200 1,019,316 84.94%
105,000 1,260,000 184,032 14,200 1,061,768 84.27%

年間で約15万円(毎月12,500円)程度の社会保険料が発生するため、手取り額は低くなります。

4.【意外な影響】小さな企業の負担増加→最悪、解雇も

政府は「106万円の壁」の撤廃と合わせて、「従業員数51人以上の会社」という条件も撤廃しようとしています。

つまり、会社の規模にかかわらず、すべての会社で働くアルバイト・パートは、週20時間以上働いたら、社会保険に加入する義務が生じるのです。

たとえば、従業員が数人しかいないような、零細企業や町工場でも、パートで働いたら社会保険に加入しなければならなくなります(フルタイムで働く人は現在でも加入義務があります)。

実は、「106万円の壁」の撤廃よりも、「従業員数51人以上の会社」の撤廃の影響のほうが大きいかもしれません。

社会保険では会社も保険料を半分負担

社会保険では、会社が保険料を半分負担しますので、アルバイト・パートが社会保険に加入すると、会社としてはかなりの負担増加となります。

たとえば、年収106万円のパートの社会保険は年間で約15万円程度ですが、本人が15万円負担するのと同時に、会社も15万円を負担して、合計30万円(実際にはもう少し多い)を、日本年金機構に納入します。

会社からすると、給料106万円+社会保険料15万円=121万円で、約14%も人件費が増加しますので、かなりの負担となるでしょう。

「従業員数51人以上の会社」という条件が撤廃されることで、資金繰りに窮して倒産・廃業する小企業/零細企業も増加すると考えられます。

2024年11月15日、厚生労働省は、労働者の社会保険料負担を軽減するために、労使で合意すれば、会社の社会保険料負担を増やすことができる案を検討しています。場合によっては、全額、会社が負担する可能性もあります。
社会保険料は給料の額面に対して、労働者が約15%、会社が約15%の負担ですが、会社が全額負担だと会社の人件費がさらに15%増加します。
これでは、倒産する中小企業が続出するおそれがあります。

最悪、解雇して雇用契約から業務委託に切り替えも

その結果、アルバイト・パートを雇用できなくなり、最悪、解雇せざるを得なくなるかもしれません。ただ、人手不足の状況ですので、そのままクビにするというよりも、雇用契約から業務委託に切り替えることになりそうです。

もちろん勤務形態が変わらなければ、「偽装請負」となります。「みなし雇用」とされて、社会保険料を徴収される可能性があります。

時期はわかりませんが、いずれ、すべての会社が対象になると思われますので、アルバイト・パートも、会社側も、覚悟しておいたほうが良いかもしれませんね。

5.賃金上昇(インフレ)で「106万円の壁」の意味が不明確に

「106万円の壁」(月収88,000円以上)という条件が作られたのは、2016年10月です。

このときの全国のアルバイト・パートの平均時給は1,005円でした。このときであれば、月収88,000円を超えるには、月88時間(週22時間)働く必要がありますので、「106万円の壁」はある程度の意味があったといえます。

しかし、2024年9月時点の全国平均時給は1,266円ですから、このときから約26%も時給が上昇したことになります。
にもかかわらず、「106万円の壁」自体は、金額が変わらずそのままだったのですから、意味が不明確な状態になりました。

さきほど説明したように、都心部の時給の高いエリアでは影響しないが、地方など時給の低いエリアでは影響するというように、同じ日本国内で影響度が違ってしまったのです。

所得税の壁である「103万円の壁」を引き上げるのであれば、社会保険の壁である「106万円の壁」も引き上げるのが、まずは、妥当な議論でしょう。

しかし、政府は、社会保険に加入する人を増やして、切迫する社会保障費を賄おうと、以前から計画していました。「103万円の壁」の引き上げの話が出てきましたので、どさくさに紛れて撤廃してしまおうと目論んでいるのかもしれません。
それにより、社会保険に加入する人は200万人増えるとされています。

6.最終シナリオは、社会保険に全員加入!

実は、「106万円の壁」の撤廃は、政府が考える壮大なプロジェクトの序章にすぎません。
その壮大なプロジェクトとは「社会保険に全員加入」です。

5年に1回行われている年金の財政検証では、通常の財政検証とは別に、追加の条件で「オプション試算」も行われています。

その「オプション試算」のうちの一つが、社会保険に全員加入というシナリオです。

【参照】厚生労働省:国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しの関連試算-令和6(2024)年オプション試算結果

アルバイト・パート等で週10時間以上働く人は学生を含めて全員、社会保険に加入するとシナリオで、加入者は860万人増えます。

こうすれば医療費や年金財政はうるおいますが、現役世代は苦しくなります。アルバイトをする学生まで社会保険料をとられたら、相当に苦しいかもしれません。

本当にそうなるかは現時点ではわかりませんが、政府は間違いなくその方向に進んでいるということだけは、頭に入れておいたほうが良いでしょう。

7.社会保険に加入するメリットをあげると・・・

社会保険に加入すると手取りが下がって大変というイメージが強いと思いますが、社会保険に加入するメリットをあげてみます。

一番のメリットは、厚生年金に加入することで、65歳以降にもらう年金が増えることです。自営業者が加入する国民年金だけでは、最高でも月額68,000円(年額81.6万円)(2024年時点)しかもらえませんが、厚生年金に加入していると平均で月額14万4000円もらえます。

若い世代からすると、30年後、40年後のことを言われてもまったくメリットに感じないと思いますが、現役世代にも次のようなメリットはあります。

  • 病気・ケガで会社を休んだとき傷病手当金が支給される
  • 出産時に出産手当金が支給される
  • 病気・ケガで障害を負ったときに、障害年金が支給される
  • 社会保険に加入する本人が亡くなったとき、遺族に遺族年金が支給される
  • 高額な医療費がかかる場合でも、月々の医療費の上限が2万円程度ですむ(一部の大企業のみ)

このように、社会保険に加入すると、国民健康保険・国民年金に加入しているより大きなメリットがあります。

また、社会保険の保険料は会社が半分負担しますので、国民健康保険料・国民年金保険料よりは安いです

たとえば、年収130万円くらいの場合、社会保険料は年間で約19万円ですが、国民健康保険料・国民年金保険料の合計は約31万円ですので、12万円も差があります。

もし、「106万円の壁」が撤廃されて、社会保険に加入する羽目になったら、このメリットを思い出してみると良いかもしれませんね。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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