アメリカの連邦税って何?トランプ氏は税金を払っていないのか?
アメリカは連邦制を取っており、州によって税金も異なるため、税体系もかなり複雑です。
この記事では、アメリカの税制、連邦税(Federal Tax)とはどういうものなのか?
大きな話題を呼んだトランプ氏の節税術とはどんなものなか?
分かり易く解説したいと思います。
目次
1.州によって税金が違うアメリカ
アメリカは United States of America という名前の通り連邦共和国です。そのため、税徴収権限も、国家(連邦)と州がそれぞれ独自に持っています。そのため、税体系は州ごとにかなり異なっていて、税体系は全体的に複雑になっています。
しかも、納税には必ず確定申告をしなければならないので、節税の知識を持っているか持っていないかで、得をする人もいれば損をする人もいるのです。
アメリカで個人が支払う税金は以下のようなものがあります。
- 連邦税(全米で統一された税率)⇒累進課税となっています
- 州税、郡税、市税⇒所得を基準に徴収されますが、すべて独自に設定されています。
(郡⇒アメリカでは複数の市で構成される郡というものがあります。ロサンゼルス市はロサンゼルス郡を構成している市の一つであり、その他サンタモニカ市やロングビーチ市も同じ郡となっています) - 社会保障税⇒各種年金の原資となるものとMedicare Taxと言って、高齢者と障碍者の医療保険の原資となるものがあります。
(注意:日本と異なり健康保険は民間保険に加入することになっていて、健康保険料という税金は存在しません)
日本と違い、社会保険料は税金として位置づけられています。また、土地建物に対しては固定資産税が徴収されますが、州によって税体系が異なっていて、実際の徴収は主に郡が行っているため、税率にはかなりの幅があります。
そして、州税は州によって税率や税体系が異なり、中には州税がない州もあります。
【州税がない州】
アラスカ州 、フロリダ州、ネバダ州、
サウスダゴタ州 、テキサス州、ワシントン州
ニューハンプシャー州、テネシー州、ワイオミング州
1-1.トランプ大統領の居住地はフロリダ州
アメリカの元大統領、トランプ氏がバイデン氏との直接討論で「750ドルしか連邦税を支払っていないのか?」との追及を受けて大きな話題を呼んだことがあります。
この時、大富豪と言われている大統領が税金を支払っていないと聞いて、興味を持った人は実は多いのではないでしょうか?
アメリカでは、そんなに簡単に節税が出来るのでしょうか?
その背景から見ていきましょう。
トランプ氏は、2019年10月に、生まれ故郷であるニューヨーク州からフロリダ州に居住地を移しています。この時、リベラル色が強いニューヨーク州のクオモ知事やニューヨーク市のデブラシオ市長から、「出て行ってくれてありがとう!」とツイッターで皮肉を言われています。
アメリカでは、カリフォルニア州やニューヨーク州のような大都市を抱える州の方がリベラルであり、民主党の支持基盤となっているため、トランプ氏は、生まれ故郷のニューヨーク市でも実はあまり人気がないのです。
そして、ニューヨーク州よりフロリダ州の方がトランプ氏の節税対策には有利だと言われています。
1-2.ニューヨーク州とフロリダ州の違い
では、ニューヨーク州とフロリダ州で、州税のどこに違いがあるのでしょうか?
前述した通り、フロリダ州は州税を徴収していません。対して、ニューヨーク州は比較的税率が高い州として知られています。
そして、フロリダ州は、裕福な高齢者が多く住んでいる州として有名ですが、それは道理で、フロリダ州には相続税がないのです。ただし、固定資産税は比較的高いと言われています。
以上は州単位での比較となります。これに加えて、ニューヨーク州もフロリダ州も、郡や市が課す郡税や市税にはかなり違いがあります。そして、買い物をする時に掛かるセールスタックス(日本の消費税のようなもので、消費者が負担する税金)は、市によって異なります。
しかしながら、概ねフロリダ州の郡や市の方が税金は安いと言えるでしょう。
2.なぜトランプ氏の納税額が少ないのか?
さて、「トランプ氏は連邦税を納めていない!」とスクープ記事を出したのは、リベラル派で知られているニューヨークタイムズ紙です。
9月29日の第1回大統領選挙討論会で話題になったのは、トランプ氏が大統領に当選した2016年とその翌年の2017年に関しては、連邦税はわずか750ドルだったというトピックスが注目されましたが、もう少しスクープの詳細を見てみたいと思います。
トランプ氏が納税記録の開示をしなかったのは、今回だけではなく、前回の大統領選挙も同様でした。
その時も話題になっていたのですが、今回のスクープによると、トランプ大統領は、2016年の当選前15年間のうち10年分の所得税を連邦政府に納めていなかったようです。
しかしながら、その記事にはその後に詳細な説明があります。『トランプ氏は米内国歳入庁(日本の国税庁にあたる連邦の機関)と7290万ドルの税還付を巡って争っており、監査が続いているという。もしトランプ氏に不利な決定が下された場合、1億ドルの支払いを余儀なくされる可能性があるとしている。(ニューヨークタイムズ紙の邦訳を引用)』
これは、恐らく、テレビ番組の司会者としての莫大な収入などに対して、不動産事業に掛かる損失を相殺させていたことと関連するのかもしれません。
2-1.LLCからの損益は個人所得と合算できる
アメリカには、LLCと呼ばれるLimited Liability Companyという仕組みがあります。日本語では通常『有限責任会社』と訳されますが、日本の有限会社とは異なります。
このLLCの特徴は、法律的には法人格を持ち、税務上はパススルーと呼ばれている個人所得税での算出方法を選択できるというところにあります。
パススルーとは、LLCの会社としての法人税は確定申告をせずに、会社の出資者の個人の所得と合算をして納税額を算定する方法を言います。
この方法を選択すると、訴訟に関しては法人格としてLLCが受け皿となり(出資者個人が法人の訴訟の対象となることはないという意味)、税金は個人の他の収入と合算して確定申告が出来ることになります。
LLCは、外国人も利用できることから、アメリカでの投資にこの手法を使っている富裕層の日本人も多くいると言われています。
そして、LLCは、特に不動産投資に適している法人形態と言われています。トランプ氏は、全米に多くの不動産(ビルやゴルフ場、ホテルなど)を所有しています。
恐らく、その多くは個別にLLCとしているのではないかと推測されます。これらのLLCからの損失を配当金など他の収入と相殺をして、それでも損失が上回った場合には、給与収入等とも相殺することが出来ます。更には相殺出来なかった損失は翌期以降に繰り越すことが出来るのです。(注意:アメリカでは日本のような分離課税制度はなく、原則としてすべての収入が総合課税となります)
この節税効果により、数年間に渡って連邦税がほぼゼロとなっているのではないかと推測されます。
更には、トランプ氏は、フロリダ州にも豪勢な別荘を持っていますが、その別荘なども事業用土地建物として登記されているようです。
アメリカでは、土地建物の所有区分を設定することが出来ます。その設定が事業用であると、その固定資産を維持管理する費用や減価償却費を経費として計上出来るようになっています。
安倍前首相も招待されたフロリダ州の別荘くらいであれば、ホテル機能を持っているので経費として計上する費用にも合理性があることから出来る節税対策であり、一般庶民が利用できる節税対策ではありません。
2-2.トランプ氏が「多額の税金を払っている!」と反論したのは何故?
それでも、9月29日の大統領討論会では、トランプ氏は、「I certainly paid so many taxes, billions of dollars.」と反論をしています。トランプ氏の反論の根拠は何でしょうか?
トランプ氏は、Many taxesとは何度も言いましたが、Federal Taxesとは一言も言っていませんでした。
このことから、トランプ氏は、連邦税は支払っていないけれども、他の税金はたくさん払っているんだ!と反論をしたと思われます。
想像の範囲ではありますが、固定資産税は相応に支払っているのではないでしょうか?ただし、事業用の土地建物としているのであれば、その固定資産税も経費として計上したのかもしれません。
討論会後に、このBillions of Dollarsの具体的な内容を開示するようにという声が上がりましたが、コロナ感染騒ぎで、バイデン氏はトランプ氏の個人攻撃を一旦すべて止めたので、この追及は宙に浮いています。
トランプ氏は、コロナから完全に回復したと発表をしたので、バイデン氏が再び個人攻撃となるこの税金問題を話題にするかどうかは、10月22日に開催される大統領候補者討論会に向けて、改めて注目されるかもしれません。
3.アメリカでは税金と寄付が同じ評価をされます
アメリカでは、日本以上に多種多様な寄付を税額控除とすることが出来ます。
日本でもそうですが、世界中で、富豪と呼ばれる人が多額の寄付をするとニュースになり、それは名誉なことと理解されています。この寄付の位置づけが、アメリカでは独特です。
アメリカという国では、政府は基本的に小さい方が良いという発想があります。政府が小さいということは基本的に税金が少ないということを意味します。
その代わりに、何かあれば自己責任という考え方も浸透しています。そのような思想を持つアメリカでは、ビジネスパーソンとしては、上手に節税をした人はビジネス上手と称えられます。そして、多額の税金を支払う人は良き市民であるとして尊敬をされるのです。
多くの国で、寄付をした場合に尊敬されるのと同じような効果を持っています。
これを裏付けるのは、税額控除としてかなりの寄付金が認められている税体系です。
言い換えれば、得られた利益を、税金として納めるか又は寄付として目的を明確にして社会に貢献するか?その選択肢を自由に決められるのも、アメリカの富裕層や成功者の特権であり、また義務に近いものでもあるのです。
(節税であっても)税金を納めないで寄付もしない人は、American Dream で成功をしても、人々からの尊敬を集めることは出来ない国でもある訳です。
この意味で、トランプ氏は、全般的にあまり尊敬を集めている人ではないと理解されています。彼は、税金も納めていないし、多くの寄付もしてない人と見られていたのです。
寄付に関しては、過去に多額な寄付に関する発表もなかったということですが、税金に関しては、2016年の大統領選挙に出て、改めてクローズアップされたということになります。
良き連邦市民の証として、伝統的にアメリカの大統領候補者は納税記録を公表することになっていたのを、彼は歴代候補者の中で事実上初めてその公表を拒否をしたからです。
4.まとめ
ここまでの説明から、トランプ氏が、何故リベラルな人たちから強烈に嫌われているか、その理由がお分かりいただけると思います。
アメリカでは、納税額は寄付とならんで、アメリカ合衆国の良き市民かどうかのバロメータになっています。
特に大統領は、連邦政府のトップとして強力な権限を持っています。その権限を4年間行使出来る人には、連邦市民として良き市民である必要があるという考えが根底にあるからです。
しかしながら、前回の選挙でも、今回の選挙でも、トランプ氏を熱烈に支持している人々は、アメリカの古き良き市民である責任をアメリカのみならず世界から強要される風潮にNoと言っている人々です。
これらの支持者は、日本を含む海外の人々によく知られているカリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントンDC、ワシントン州などではなく、内陸部や南部のどちらと言えば、郊外や田舎の地域に住んでいる人々です。
彼らの価値観は、かなり保守的で、世界の中でのアメリカの特権は享受するけれども、責任はなるべく果たしたくないという価値観が強いと言えます。なぜならば、中国を筆頭に発展途上国に雇用を奪われた地域の人達だからです。このような人々にとっては、連邦政府の良き市民であるかどうかはあまり関係がないというのが言い分です。
つまり、トランプ氏が連邦税を納めていないのは節税の結果であり、ビジネスパーソンとしては尊敬できる存在であるということで支持者は納得をしているという結論になります。
これで事が収まるのかどうか、今後の展開に注視したいと思います。