スタートアップ出資に減税、政府の狙いは?

スタートアップ減税

令和2年度(2020年度)の税制改正で新たな税制措置が講じられる予定の「オープンイノベーション促進税制」は、大企業の新興企業(いわゆるベンチャー企業)への投資を促進させる税制制度です。

令和2年度の税制改正の目玉になる予定で、オープンイノベーション促進税制で優遇され、減税される金額は150億円と試算されています。

この税制によりどのような変化が起きるのでしょうか。「政府が目指す未来像」をご紹介します。

1.オープンイノベーション促進税制とは?

政府は、設立10年未満の非上場企業に大企業が1億円以上を出資した場合、所得から出資金額の25%相当を控除して、税金の負担を軽くする軽減措置を設ける予定です。この制度は「オープンイノベーション促進税制」と今のところ名付けられています。

新しいビジネスモデルや革新的な技術を持つスタートアップに投資を行い協業することで、イノベーションを起こしやすくすることを狙っています。

対象

投資者の対象は、国内の事業会社とコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)です。投資会社による出資は対象外です。

大企業だけでなく中小企業による出資も認めますが、それぞれの出資額の条件は次のようになります。

  • 大企業:1億円以上
  • 中小企業:1,000万円以上

出資先は基本的には国内のスタートアップが対象ですが、海外のスタートアップに出資する場合は5億円以上が条件となります。
出資先が大企業のグループ会社の場合には適用されません。

期間

2020年4月~2023年3月末までの2年間の出資が対象です。

2.政府が目指す未来像とは

2-1.新事業の成長を促す

この税制により、大企業が新興企業へ投資する環境が整えられます。大企業は本業で得た莫大な利益を内部留保するのではなく、将来のビジネスに投資することで税制面の優遇が得られ、また、新興企業は大企業から得られる技術と自社が開発したイノベーションを組み合わせて新たな価値を生み出すことができます。

今までは、企業の研究開発について多くの税制優遇制度があり、企業は自社で研究開発を行い新たな技術を生み出してきました。しかし、IT関連などの新たな技術革新が進む時代では、ハードウェア開発からソフトウェア開発へと重要性が移行してきています。企業が自社で行う研究開発だけでは、日本の経済を大きく成長させることは難しくなってきているのです。日本政府は、「自社の研究開発」から「新興企業主導のイノベーション」へと移行することで、新たな付加価値を生み出す企業を増加させることを目指しています。

「オープンイノベーション促進税制」の発案は、新経連(新経済連盟)によって行われました。今までも企業は新たな研究開発のために大学などの研究機関やベンチャー企業に協力を依頼するケースは多く見られました。しかし、成果物を巡っての利害関係について大きなコストが発生していました。「オープンイノベーション促進税制」の創設により、コストの問題を解消し、さらなるイノベーションが見込まれ、企業の新事業の成長を促します。

2-2.大企業の内部留保金の吐き出しを促す

「オープンイノベーション促進税制」は、大企業が溜め込んでいる内部留保金の有効活用を促進する狙いもあります。

近年の日本企業の財務状態は、「内部留保金」が年々積み上がってきています。日本の少子高齢化による人口減少に伴い国内市場が縮小されていくと考えられているため、リスクのある投資を行わず内部留保金が増加していると思われます。

財務省発表の資料では、2018年(平成30年)時点で、全産業での内部留保の合計額は約463兆にものぼっています。

他に、今回創設される「オープンイノベーション促進税制」により、企業の増加し続ける「内部留保金」を有効活用し、新興企業への投資を後押しする狙いがあります。

また、欧米などでのビジネスで重要視されている「オープンイノベーション」という概念を日本国内で広めることにより、企業の内部留保金を活用した「若い実力のある起業家」が活躍しやすい環境を整える狙いもあります。

2-3.大企業の人材・技術・資本の閉鎖的な自前主義をより開放型経営に

「自前主義」とは、「過去の成功体験から自社偏重な思考や状態の理解をして、製品・サービスとそれを支える技術は自社でつくるべきで、自社がつくっていない他社の技術は活用しない」という考え方です。

これに対し、オープンイノベーションとは「組織内部のイノベーションを促進するために、 意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果、組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと」を意味します。

日本では「自前主義」が根底にある大企業が多いと言われており、「自前主義」の考え方ではイノベーションのスピードが遅くなってしまうと考えられています。日本企業の成長を促すためには、「閉鎖的な自前主義」から脱却し、優れた技術やアイデアを持つ新興企業と連携する必要があります。

今回の「オープンイノベーション促進税制」の制定は、日本企業の「自前主義」を開放的な「オープンイノベーション」へと移行させる狙いがあります。

2-4.国際競争力の向上

日本の人口減少によるマーケット縮小のため、さまざまな企業が海外進出に活路を見出そうとしています。

日本企業のグローバル化で必要になってくるものが国際競争力の向上です。「オープンイノベーション」は、日本の国際競争力の向上になくてはならない考え方です。日本を含めた先進諸国は今後自国で高い経済成長を望めないことから、新興国市場への進出を重要視しています。

「オープンイノベーション」の考え方が進んでいる欧米のグローバル企業は、新興国での研究資源を活用するために新興国の研究開発機関やベンチャー企業に投資し、技術開発を行っています。日本企業は、この分野では遅れているため国際競争力で先進諸国に遅れをとっています。現地の研究機関やベンチャー企業との協力関係を構築し、「オープンイノベーション」をグローバルに行うことにより日本の経済状況が厳しい場合でも長期的なスパンで国際競争力を向上することができます。

日本国内においても、産学連携は欧米諸国と同水準になっていますが、「企業同士の連携」については欧米諸国の半分程度になっています。また、「企業と新興企業との連携」に至っては、欧米諸国の約3分の1になっており、日本は欧米諸国と比べると大きく遅れています。

日本政府は、「オープンイノベーション促進税制」の制定により、日本企業に「オープンイノベーション」の必要性を意識する機会を与え、今後の日本の国際競争力の向上を目指しています。「研究開発型起業環境」をアメリカや中国並みに整え、新興企業への投資を増加させて対名目GDP比率を世界最高水準並みに向上させる狙いがあります。

3.未来予測:新税制後の経済

「オープンイノベーション促進税制」の制定後、日本の経済はどのように変化していくのでしょうか。ここでは「オープンイノベーション促進税制」が与える経済的な影響を予測してみましょう。

3-1.スタートアップ(新興企業)の成長曲線が変わる

日本でのスタートアップ(新興企業)への投資環境は、大企業によるCVCCorporate Venture Capital)による投資割合が欧米諸国よりも高くなっています。

「オープンイノベーション促進税制」が制定後、この流れが加速し、スタートアップへの資金流入が大幅に増加すると見られます。大企業から潤沢な資金を得ることができるスタートアップの数が増加し、新たな技術が飛躍的に進化するでしょう

ただし、大企業から投資されるスタートアップには、大企業が望む技術開発を行っていくことになるため、多様性が制限される懸念が残っています。

3-2.企業のCVC設立が大きな課題となる

企業が行う事業には、人間の一生と同じように「ライフサイクル」が存在します。

好調だった売上高や利益もいつかは終焉を迎えてしまいます。その一方で、企業は人件費や設備の維持費などの「固定費」を抱えており、そのコストを賄うためには新たな事業を立ち上げなくてはなりません。しかし、企業内で新たな技術やアイデアを生み出すことには限界がありますそこで「オープンイノベーション戦略」を行う必要があり、「オープンイノベーション戦略」の重要なツールがCVCです。

2000年台にはITやインターネット関連企業のCVCの設立が主流でしたが、2013年以降にはKDDI・フジテレビ・パナソニック・三井不動産・JR西日本など、さまざまな業界の大企業が続々とCVCを設立し、スタートアップから新しい技術やアイデアを取り込んでいます。今回の「オープンイノベーション促進税制」の制定により、その流れは加速していきCVCが経営戦略の鍵を握ると考えられます。

CVCの設立はリスクを伴うものであるため、一般企業ではなかなか設立に踏み込めませんが、今回の「オープンイノベーション促進税制」がCVC設立の起爆剤になるのではないでしょうか。

3-3.世の中に多くの新しいサービス、製品が登場する

「オープンイノベーション」が活発に利用されるようになると「プロダクトサイクルの短期化」に対応できるようになります。経済のグローバル化や技術革新により現代では次々と新商品や新サービスが出てきており、プロダクトサイクルが短期化されてきています。

そのため、企業には次々と新しい技術やアイデアが求められます。しかし、企業は自社の研究開発の枠組みだけでは対応しきれない事態に陥ってしまいます。そこで「オープンイノベーション」を利用することで、外部から様々な技術やアイデアを集約し、新たな商品やサービスを短期間で創出することができるようになります

また、現代の「プロダクトサイクルの短期化」により「顧客ニーズの多様化」が進んでいます。「顧客ニーズの多様化」は、企業のビジネスをより高度化・複雑化しており、多くの顧客ニーズを満足させられる商品やサービスを開発することが重要になってきています。「オープンイノベーション」は、社内では発見することができなかった隠れた顧客ニーズを見つけ、新たな商品やサービスを開発するのに有効な手段です。

4.起業応援税制(エンジェル税制)との違い

「オープンイノベーション促進税制」と似ている制度で「起業応援税制(エンジェル税制)」という税制があります。ここでは、この2つの税制の違いをご紹介します。

4-1.起業応援税制(エンジェル税制)とは

エンジェル税制」とは、「個人投資家=エンジェル」のスタートアップ企業への投資を促進させるために制定された「所得税の優遇制度」です。個人投資家は「投資時点」と「株式(投資)を売却した時点」で所得税の優遇を受けます。

個人投資家が対象企業へ投資を行った時点で適用される優遇制度には2種類あり、どちらかを選択することができます。

  1. (対象企業への投資金額-2,000円)を総所得金額から控除できる。ただし、控除対象となる投資額の上限は総所得金額×40%または、1,000万円のいずれか低い方。
  2. 対象企業への投資額全額をその年の他の株式譲渡益から控除。(控除対象となる金額に上限なし)

上記の2種類の減税制度では、投資家のビジネススタイルによってどちらが有利になるか異なります。

自身で事業を行っており、「給与所得」や「事業所得」が多い投資家にとっては①の減税制度が有利になりますし、主に株の売買で利益を得ている投資家にとっては②の減税制度を選択した方が有利になります。

エンジェル税制は、個人投資家が対象企業の「株式(投資)を売却した時点」にも優遇制度があります。

対象企業の株式を売却して損失が生じた場合は、その年の他の株式譲渡益と通算(相殺)できるだけでなく、その年に通算(相殺)しきれなかった損失について翌年以降3年にわたって、順次株式譲渡益と損益通(相殺)できます。

4-2.オープンイノベーション促進税制は法人版「エンジェル税制」

「オープンイノベーション促進税制」と「エンジェル税制」は投資する側にとっての優遇制度という枠組みでは同じですが、優遇制度の対象者が異なります。

エンジェル税制では「個人投資家」が対象であり、オープンイノベーション促進税制は「法人(企業)」を対象にしています。

つまり、オープンイノベーション促進税制は、法人版の「エンジェル税制」と言っても過言ではありません。どちらの税制も投資促進を目的としています。日本経済は人々がお金を使わなければ経済が低迷していきます。

しかし、日本の将来に不安を持つ人々は「将来が不安だから」と貯金する人々が増えてきています。この悪循環により日本経済がどんどん悪い方向に進んでいるため、「オープンイノベーション促進税制」や「エンジェル税制」で人々の投資を促進させ日本経済が置かれている悪循環を断ち切る目的があります。

まとめ

今回は、2020年(令和2年)4月より創設される「オープンイノベーション促進税制」についてご紹介しました。

日本企業は、今までの研究開発による商品やサービスの開発からスタートアップなどの外部に委託する「オープンイノベーション」に移行しています。「オープンイノベーション」は日本企業の国際競争力を向上させ、経済成長することを目的としており、「オープンイノベーション促進税制」はその起爆剤として期待されています。

現行では2年の期限付きの税制ですが、今後の動向を注視する必要があるでしょう。

監修
ZEIMO編集部(ぜいも へんしゅうぶ)
税金・ライフマネーの総合記事サイト・ZEIMOの編集部。起業経験のあるFP(ファイナンシャル・プランナー)を中心メンバーとして、税金とライフマネーに関する記事を今までに1300以上作成(2024年時点)。
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