米中貿易戦争の経緯と影響をわかりやすく解説

米中貿易戦争

「戦争」とまで言われるようになった米中貿易交渉は、2019年5月上旬にワシントンで開催された交渉が事実上決裂したことにより、両国による報復関税の応酬は激しさを増していますが、現時点で打開策は見出されていません。

そのような中、先日、トランプ米大統領と中国の習近平国家主席が、6月28日、29日に大阪で開催されるG20首脳会議に合わせて、首脳会談をすることが決定されました。この会談で米中貿易交渉は新しい展開を見つけることが出来るのでしょうか?世界中が日本で開催されるこの首脳会談に注目しています。

ここでは、米中貿易摩擦がなぜ始まったのか、そして、どのような経緯を経て今に至っているのかについて整理し、米国・中国・日本への理影響についても触れながら、今後の行方について考えてみたいと思います。

1.米中貿易戦争の始まり

元々、トランプ大統領は大統領選挙において、貿易関連の従来の施策を鋭く批判すると共に、米国の貿易赤字問題について、中国を含む世界中の国々に対して強い態度で臨むという公約を掲げていました。当初は、中国だけに焦点を合わせることなく世界中の国々に対して公平な貿易を要求するスタンスを取り、相手国には輸入関税を引き下げることを要求し、アメリカへの輸出関税に関しては一部の品目を対象に関税を引き上げていきました。

しかし、2018年6月15日、米国通商代表部(USTR)は、通商法第301条に基づき、中国の技術移転策に対する制裁措置として追加関税を課すとして、中国からの輸入500億ドル(1102品目)のリストを公表しました。同年7月6日には、そのうち340億ドルについて25%の追加関税が課されました。そして、同日、中国は同額・同率の制裁関税を決定しています。

これ以降、トランプ大統領は貿易赤字の解消の対象を、事実上中国に限定して交渉を続けています。これが米中貿易戦争です。米国の貿易赤字の約48%を中国が占めているわけですから、これは当然の帰結であるとも考えられます。

2.米中貿易戦争の経緯

2018年7月6日以降、トランプ大統領はたびたびツイッターを使って米中貿易戦争に関して飴と鞭を使い分けるような戦術を用いて、相手国の中国のみならず世界中を翻弄しています。その経緯は実際にどうなっているのか時系列で確認したいと思います。以下の表をご覧ください。

(横長の表ですので、スライドさせながらご覧ください。)

決定日 段階 根拠法 根拠 対象国 制裁内容
(対象、制裁関税率など)
発動日 相手国からの報復
2018/1/23 - 通商法201条 国内産業の保護 中国、
韓国
洗濯機(最大50%)、
太陽電池(最大30%)
2018/2/7  
2018/3/8 - 通商拡大法232条 安全保障 全世界 鉄鋼、アルミニウム製品に対して25% 2018/3/23  
決定日
延長中
- 通商拡大法232条 安全保障 全世界 自動車全般及び同部品に対して
(制裁関税率は未定)
-  
2018/6/15 第1弾 通商法301条 知的財産侵害 中国 半導体、産業用ロボット、自動車など
818品目、25%(対象340億ドル)
2018/7/6 即日に340億ドルの報復関税
(大豆、水産物、自動車など545品目)25%
2018/8/7 第2弾 同上 知的財産侵害 中国 電子部品、プラスチック・ゴム製品、産業機械など
284品目、25%(対象160億ドル)
2018/8/23 即日に160億ドルの報復関税
(燃料、鉄鋼製品、医療機器など333品目)25%
2018/9/17 第3弾 同上 知的財産侵害 中国 革製品、水産品、農産品、機械類、PC部品、白物家電など
5745品目、10%(2000億ドル)
⇒6月1日より25%へ引上げ
2018/9/24 即日に600億ドル報復関税
(LNG、宝飾品、アルコールなど5207品目)10%
⇒25%へ引上げ
未定 第4弾 同上 知的財産侵害 中国 中国からの輸入額の残りすべて
約3000億ドル、報復関税25%を示唆
   

(※)赤字部分は2019年5月交渉決裂の結果による追加報復

このとおり、現在トランプ政権は中国にターゲットを絞り貿易交渉を続けているわけです。

基本的に、米国と中国は対象品目を選択して、お互いに報復関税を課すやり方の応酬となっています。これが、「戦争」と評される根拠となっています。現時点では、第3弾まで進んでいます

第一弾では、両国ともに実態経済に影響の小さい品目を選んで報復関税の対象としていましたが、第2弾、第3弾と進むにつれて徐々に一般市民の生活に影響するような品目まで広がっています。

3.米国での影響

米国においては、今までは実体経済への影響はそれほど深刻ではないと見られていました。これは、世界の各市場と比較して株価が概ね堅調であること、影響を受けている一部の農家等には補助金を支給して悪影響を食い止めていることなどが主たる要因です。併せて、一部地域では恩恵を受けている地域があります。

2018年、トランプ政権が鉄鋼製品への高関税をかけ始めたことを理由に、USスチールは約2年ぶりに一部の工場の鉄鋼生産を再開しています。このような地域は熱狂的なトランプ大統領の支持基盤であることから、実体経済へのマイナス要因よりもプラス要因を強調する姿勢が一部でみられていたのです。

しかしながら、2019年5月の雇用統計の数字が予想外に悪化したのを受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が早期の利下げを示唆しているように、徐々に実体経済への悪影響が表面化しているのは事実です。

4.中国での影響

中国の実体経済への影響については、米国よりも深刻であると言われています。株式会社 三井住友銀行コーポレート・アドバイザリー本部企業調査部による2019年5月17日改訂版「米中貿易摩擦の動向」によると、2018年10月には駈け込み輸出によって対米輸出が増加したものの、その後は一貫して対米輸出額は激減しています。

中国政府は、中国元の対米レートを元安に誘導することで、報復関税の影響額を最小限に食い止めようとしていますが、為替操作にも限界があります。仮に第4弾が発動されて、中国の対米輸出全額に制裁関税が課された結果、対米輸出全体が3割程度減少すると、中国のGDPを約1%押し下げるインパクトがあるという調査報告も見られます。

【引用】三井住友銀行企業調査部:米中貿易摩擦の動向(2019年5月17日改訂版)

しかしながら、中国は共産党による一党独裁であることから、国として情報統制を行い、国民の支持率が政府の施策に影響を与えることは基本的にないため、実体経済の実情が全面的に表面化することがなく、その全体像は依然ベールに包まれている側面があります。

5.世界と日本への影響

2018 年春以降は、両国の貿易交渉の行方を巡って世界中の株式市場が一喜一憂して乱高下を繰り返しながらも下方基調であり、その意味でも世界経済への影響は深刻であると言えます。特に中国と経済的繋がりが強いと言われている豪州や、中国の支援を受けてインフラ整備を進めて経済発展を遂げている一部の東南アジア諸国やアフリカ諸国では大きな影響を受けていると言えます。

日本に関しては、一部では中国から米国への輸出が減少することで、日本から米国への輸出品が増えるのではないかという「漁夫の利」を期待する声もありますが、米国の保護貿易主義は、いずれは日本にも矛先を向ける可能性が高いと言えます。特に、最近では中国での生産台数を増やし、元々米国での販売台数が売上に占める割合が大きいため米国市場への依存度が高い自動車産業に関しては特に深刻な影響を及ぼすと見られています。

このように、日本では心理的悪影響も含めて、プラス面よりもマイナス面の方が大きいと言えます。実際に、日本の株式市場の低迷度合いは、他国と比較しても深刻です。

6.中国のスタンスの本質

このまま対立が継続することは、世界景気が低迷することを意味するだけではなく、特に中国においては実体経済において深刻な悪影響が大きくなることは間違いありません。このため、中国は数値目標の導入も含め、エネルギー、農産品等のアメリカからの輸入量を増やすことで対米黒字を削減する姿勢を見せてはいます。

しかしながら、中国は「製造 2025」 という製造大国から製造強国への転換を図るという国家的使命があります。10大重点分野を筆頭に、中国は最終的にアメリカを超える技術大国を目指しています。この目標について中国政府が決して妥協をすることはないというのが、中国のスタンスの本質です。米中貿易戦争の真の目的は、アメリカと中国でどちらが世界一の技術大国になるかの争いであるわけです。

7.今後の行方について

6月最終週に大阪で開催されるG20首脳会議に合わせて開催されることとなった米中首脳会談において、5月上旬に中断決裂した貿易交渉を再開させて、「貿易戦争」の収束に向けた道筋をアメリカと中国が共に示せるかが当面の焦点となります。仮に会談が物別れに終わり対立が継続すれば、世界経済への悪影響は一層深刻さを増すこととなります。

「満足できる公正な合意になるか、ならないかのどちらかだ」と、トランプ大統領は6月18日、2020年のアメリカ大統領選2期目への挑戦を正式に表明した支持者集会で、中国側の出方を見極める考えを強調しています。クドロー米国家経済会議(NEC)委員長も記者団に、中国の知的財産権侵害や外国企業に対する技術移転強制などの問題に関しては、「中国に構造改革を求める姿勢に変わりない」と語っています。

しかしながら、米中両国は、既に世界第一位と第二位の経済大国です。両国の長期に渡る貿易交渉での激しい対立が、世界経済悪化をエスカレートさせることは、どこかで回避させなければならないはずです。
それは、かつての日米間貿易交渉でみられたように、短期間での決着を図るのではなく、時間をかけて長期的に打開していくべき問題であると考えられます。

しかしながら、アメリカと中国は、本質的には今後あらゆる面において、世界一の大国のメンツを賭けた、新たな冷戦時代とも呼ぶべき「対立の中での共存」を見出すような関係になることは避けられないものであると考えられます。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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