インボイス制度でクラウドワーカーも大ピンチ?

2023年10月1日から消費税の仕組みに「インボイス制度」が加わります。
請求書などのルールを厳格化して消費税の計算を透明化する目的ですが、この新制度がクラウドソーシング(ネットを経由した発注・受注のこと)を使って仕事をしているクラウドワーカー(個人事業主やフリーランスのこと)に、思わぬ余波が訪れるかもしれません。
クライアント(発注者)から値下げを要請されるかもしれません。またはクライアントが発注先を、クラウドワーカーから企業に切り替えてしまうかもしれません。
インボイス制度の概要を解説したうえで、免税事業者のクラウドワーカーに「起こり得る問題」をわかりやすく紹介します。
目次
1.消費税の仕組み
インボイス制度を紹介する前に、クラウドワーカーや免税事業者に関する消費税の仕組みについて解説します。
1-1.消費税が発生するのはどんなとき?
消費税は、国内で事業者が事業として対価を得て資産を譲渡したときなどに発生します。事業者とは企業、団体、組織、個人事業主、クラウドワーカーなど、形態や立場に関わらず、ビジネスや商売などの事業をしている者のことです。
資産の譲渡とは、モノやサービスを売ることです。
消費税を負担するのは消費者(モノやサービスを買った人)ですが、消費者が直接消費税を税務署に納めるわけではありません。事業者が消費者から消費税を預かり、事業者が税務署に納めるのです。
消費税の流れは、「コンビニでおにぎりを買う」シーンを思い出すとイメージしやすいでしょう。
ではクラウドワーカーの業務では、消費税はどのように扱われているのでしょうか。
1-2.クラウドワーカーも消費税をもらっている
クラウドワーカーの業務でも、消費税の流れは原則、コンビニでおにぎりを買う場合と同じです。ただ、「仕事のやりとり」と「おにぎりのやりとり」は異なるようにみえるので、イメージしづらいかもしれません。
例えば、イラストを描く仕事で生計を立てているクラウドワーカーの仕事は、次のように進むはずです。
まずは、クラウドワーカーがクラウドソーシングのサイトで仕事をみつけ、クライアント(発注者)と連絡を取って仕事を受注します。
次にクラウドワーカーがイラストを描いてクライアントに送信します。
そしてクライアントは、報酬(イラスト料またはギャランティ)をクラウドワーカーの口座に入金します。
(ここでは話を単純化するため、クラウドソーシングサイトの手数料は無視しています)
この場合、クラウドワーカーは事業者(コンビニ)で、クライアントは消費者(おにぎりを買う人)になります。したがってクラウドワーカーは、クライアントから消費税を預かり、クライアントの代わりに消費税を税務署に納めます。
このように説明すると、「クライアントから消費税をもらっていない(預かっていない)」というクラウドワーカーもいると思います。
しかし実際は、「消費税分のお金をもらっているけど、消費税と明記しないだけ」であり、「免税事業者のクラウドワーカーは、仮にクライアントから消費税分として預かっても、それを税務署に納める必要がない」のです。
少し複雑な仕組みなので、次の章で数字を示しながら解説します。
1-3.免税事業者なら納税する必要なし
免税事業者とは、次の2条件をクリアした個人事業主(クラウドワーカーなど)のことです。
- 2年前の年間の課税売上高が1,000万円以下
- 昨年の1月1日から6月30日までの課税売上高が1,000万円以下
すなわち、「売り上げ1,000万円以下」のクラウドワーカーは、確実に免税事業主になります。クライアントから消費税分として報酬を受け取っても、そのお金を税務署に納付しなくてよい」クラウドワーカーということです。
免税事業者がクライアントに、税別の報酬(ギャランティ)に消費税分を上乗せして請求することはできます。
例えば、次のような請求をすることができます。
- イラスト代:税別10,000円、消費税800円、総額税込10,800円
(ここでは2019年9月30日までの税率8%で計算しています)
しかし免税事業者のクラウドワーカーは、この800円を税務署に納める必要はなく、自分の売り上げにしていいのです。
では、クライアントに消費税を請求していない免税事業者のクラウドワーカーはどのようになるのでしょうか。
たとえば免税事業者のクラウドワーカーが次のように請求したとします。
- イラスト代:総額10,000円(消費税なし)
実際の請求書の記載が上記のようになっていたとしても、それは以下のように解釈することもできます。
- イラスト代:税別9,259円、消費税741円、総額税込10,000円
つまり「総額10,000円」の請求書は「消費税741円を含む総額税込10,000円」の請求書と同じ意味です。
なぜなら、免税事業者のクラウドワーカーは、消費税741円を税務署に支払う必要がなく、自分の売り上げにすることができるからです。
ではなぜ、「総額10,000円」の請求書と「消費税741円を含む総額税込10,000円」の請求書が、同じ意味であるにもかかわらず2つとも存在するのでしょうか。
それは、課税事業者(消費税の納付義務のある事業者)にとっては、「消費税741円を含む総額税込10,000円」の請求書に大きな意味があるからです。
1-4.発注者は払った消費税を控除できる
課税事業者は、顧客(消費者)から預かった消費税を税務署に納付しなければなりません。しかし預かった消費税の全額を税務署に納付しなくていいのです。「仕入税額控除」という仕組みを使えば、納付する消費税を減額することができます。
課税事業者は、自身(または自社)でもモノやサービスを購入していて、そのとき仕入先に消費税を支払っています(実際は「消費税を預けています」)。
仕入税額控除とは、顧客から預かった消費税の総額から、仕入先に支払った消費税の総額を差し引いて税務署に納付する仕組みです。
例えば課税事業者が顧客に税別100,000円の商品を売ると、顧客は課税事業者に消費税8,000円を支払います。そして、その課税事業者が仕入先から税別10,000円の原材料を仕入れると、課税事業者は仕入先に800円の消費税を支払います。800円のことを仕入税額といいます。
- 課税事業者←消費税8,000円←顧客
- 課税事業者→消費税800円→仕入先
このとき課税事業者が税務署に納める消費税額は7,200円(=8,000円-800円)になります。
この計算式から次のことがわかります。
・仕入先に支払う消費税が高くなるほど、課税事業者が納める消費税額は安くなる
先ほど、免税事業者のフリーランスにとっては、以下の2つの請求書は同じ意味を持つ、と解説しました。
- イラスト代:総額10,000円(消費税は取り扱わない)
- イラスト代:税別9,259円、消費税741円、総額税込10,000円
しかし課税事業者であるクライアント(発注した企業)にとっては、
・イラスト代:税別9,259円、消費税741円、総額税込10,000円
こちらの請求書のほうが、税務署に納付する消費税額を安くすることができます。
なぜなら仕入税額控除に741円を加えることができるからです。
国税庁はこのルールを「免税事業者から仕入れた場合や事業者ではない消費者から仕入れた場合も、仕入税額控除の対象となる」(*)と説明しています。
このルールは一見すると複雑に感じますが、実際はとてもシンプルです。なぜなら2019年9月30日までは、消費税が8%で一本化されているからです。仕入金額の総額に8%をかければ、仕入税額控除の金額を算出できるからです。
しかし2019年10月1日に消費税が10%に増税されるときに、飲食料品などには軽減税率8%が適用されます。そうなると仕入税額控除の額を、10%分と8%分に分けて算出しなければならなくなります。これはとても複雑な作業になります。
そのうえさらに、2023年10月1日からインボイス制度が導入されるので、経理や税務の作業はよい複雑になります。
2.インボイス制度でどう変わる?
インボイス制度の正式名称は、「適格請求書等保存方式」といいます。インボイスとは、適格請求書等のことです。
2-1.インボイス制度
インボイス(適格請求書等)には、消費税10%の対象商品・サービスと、軽減税率8%の対象商品・サービスを明確に書き分けなければなりません。
つまり事業者は、軽減税率の対象品目である旨と、税率ごとに合計した対価の額を請求書に書かなければならないのです。
10%または8%が明確に記されていないと、仕入税額控除に計上できなくなります。そうなると、課税事業者が税務署に納める消費税が高くなってしまいます。
2-2.免税事業者はインボイスを発行できない
インボイスを発行できるのは、税務署に適格請求書発行事業者として登録した企業または個人事業主(クラウドワーカー)だけです。
そして、発行事業者として登録できるのは、課税事業者だけであり、免税事業者は登録できません。
つまり、免税事業者が消費税10%と8%を書きわけた請求書を発行しても、それはインボイスと認められず、仕入税額控除に計上されません。
【出典】国税庁:消費税の仕入税額控除の方式として適格請求書等保存方式が導入されます
2-3.発注者の負担が大きくなる
インボイス制度が導入されると、免税事業者のクラウドワーカーに発注する企業の負担が大きくなります。シミュレーションしてみましょう。
ある企業が、「適格請求書発行事業者ではないイラストレーター」と「適格請求書発行事業者のイラスト会社」に、それぞれ総額10,000円のイラストを発注したとします。
すると両者から次のような請求書が届きます。
- 適格請求書発行事業者ではないイラストレーターから届く請求書
イラスト代:総額10,000円(請求書だが正式なインボイスではない) - 適格請求書発行事業者のイラスト会社から届く請求書
イラスト代:税別9,091円、消費税10%909円、総額税込10,000円(正式なインボイス)
この場合、この企業が仕入税額控除に計上できるのは、イラスト会社に支払った消費税10%909円だけです。
この企業にとってイラストレーターに発注することは負担が大きいのです。
3.起こりうる問題
インボイス制度の導入によってクラウドワーカーに起こり得る問題とは、「仕事が減る恐れ」です。
3-1.発注者は、企業に依頼したほうが有利
インボイス制度が導入されると、仕事の発注者(クライアント)は、クラウドワーカーではなく、企業に依頼したほうが有利になります。
なぜなら、クラウドワーカーと企業の双方に10,000円の仕事を依頼し、双方から総額10,000円の請求書が届いた場合、クラウドワーカーの請求書(非インボイス)には節税効果がないが、企業の請求書(インボイス)には仕入税額控除という節税効果があるからです。
クラウドワーカーと企業が同じクオリティの仕事をして、支払い総額が同じなら、発注者は企業に発注するようになるでしょう。
3-2.クラウドソーシング業者が直接受注
クラウドソーシングのサイトで仕事をみつけているクラウドワーカーが仕事を失うと、そのサイトを運営している業者(クラウドソーシング業者)は手数料を失います。
それを回避するため、クラウドソーシング業者は仕事の発注者から直接受注し、その仕事をクラウドワーカーに発注する方法に変えるかもしれません。
そのようなことが起きると、クラウドソーシング業者はクラウドワーカーを厳選することになるでしょう。スキルが低いためにクラウドソーシング業者から選ばれなかったクラウドワーカーは、クラウドソーシングで仕事を調達できなくなる、ということです。
ちなみにこの場合、今度はクラウドソーシング業者が、クラウドワーカーに発注した分は仕入税額控除できなくなります。
3-3.値下げ
発注者は、企業に発注すれば仕入税額控除の効果を得ることができ、クラウドワーカーに発注すれば仕入税額控除の効果を得られないわけです。
ということは、クラウドワーカーが発注者からの値下げ要請を受諾すれば、継続して仕事を受注できるかもしれません。
結局は、クラウドワーカー、クラウドソーシング業者、発注者の3者のうち「誰が損を負担するか」という話に帰結するのです。
そして最も立場が弱いクラウドワーカーに「損」が押しつけられる可能性があるのです。
4.クラウドワーカーの対処方法は?
インボイス制度の導入を控え、クラウドワーカーはどのように対処したらよいのでしょうか。
4-1.課税事業者になる
対処方法のひとつは、適格請求書発行事業者になることです。そうなれば正式なインボイス(請求書)を発行できるのでクライアント(発注者)のデメリットはなくなり、取引の継続を期待できます。
適格請求書発行事業者になるには、税務署に消費税課税事業者選択届出書を提出し、課税事業者になる必要があります(経過措置あり)。
ただ課税事業者になると経理業務や税務が煩雑になります。売上高がそれほど多くないクラウドワーカーであれば、適格請求書発行事業者にならないデメリットより、事務作業の煩雑化のデメリットのほうが大きくなるかもしれません。
4-2.スキルをあげるのが良いかも
そしてクラウドワーカーが「インボイス問題」を乗り切るための最も効果的な対処方法は、スキルをあげることでしょう。発注者が「インボイスを受け取れないデメリット(=仕入税額控除を使えないデメリット)を負ってでも、このクラウドワーカーに仕事を頼みたい」と思えば、発注は続くはずです。
クラウドワーカーにはスキル以外にも、「気軽、スピーディー」という強みもあります。
スキルが高いクラウドワーカーはインボイス制度による「弊害」を受けにくいのですが、スキルが高くないクラウドワーカーは、報酬減は避けられないかもしれません。
クラウドワーカー間の格差は拡大するでしょう。
まとめ
インボイス制度は「税金の話」なのですが、ビジネスシーンで弱い立場にあるクラウドワーカーに思わぬしわ寄せがやってきます。
インボイス制度によってクラウドワーカーには、次のような問題が起き得ます。
- 発注が減る
- 報酬額が減る
- 選別が強まる
- 経理業務や税務が増える
- スキルを上げる努力が強いられる(または高いスキルの維持が求められる)
これらのすべてを回避できるクラウドワーカーは多くはないでしょう。
インボイス制度の導入まで、まだ期間がありますので、いまから準備に取り掛かることを強くおすすめします。