アメリカ法人税減税と日本にもたらす影響

アメリカ トランプ大統領

 昨年2017年12月に「アメリカで、法人税を35%から21%に引き下げる税制改革法案が可決」というニュースがありました。いわゆる「トランプ減税」です。法人税21%というと日本よりも低く魅力的に思えますが、今回の減税は日本にどのような影響をもたらすのでしょうか。経済・金融の両面から考察します。

1.米税制改革の内容

昨年2017年12月20日、米議会は、連邦法人税率を35%から21%に引き下げる大幅減税を柱とする税制改革法案を可決しました。翌々日の12月22日にはトランプ大統領が同法案に署名し、レーガン大統領時代の1986年以来、約30年ぶりとなる大型税制改革が実現しました。

その規模は、10年で1.5兆ドル(約166兆円・GDP比1%)となり、米史上最大です。法人税減税はトランプ政権の看板政策であり、トランプ大統領は、就任以来初めてとなる内政上の成果を手にしたことになります。今年2018年に行われる中間選挙に向けても追い風になるでしょう。

1-1.米税制改革の主な内容

今回の税制改革の主な内容は、次のとおりです。

1-1-1.企業税制分野

  • 法人税率の引き下げ(35%→21%)
  • 海外子会社からの配当課税を廃止
  • 固定資産取得の即時償却が可能に(5年間の時限措置)

1-1-2.個人税制分野

  • 所得税最高税率の引き下げ(39.6%→37%)
  • 概算控除(税負担を一律軽減)の倍増
  • 子育て世帯の税優遇

(国際税制分野については、ここでは割愛します)
次に、主な項目について詳しく見てみます。

1-2.法人税率の引き下げ(35%→21%)とその効果

アメリカの法人税の税率はこれまで、イギリス、ドイツ、日本やフランスなど主要先進国の中でも最も高くなっていました。そのため、ITや製薬などの米国の企業は、低い税率の国に拠点を移したり、また海外の子会社に内部留保をためているケースも多く見られ、トランプ大統領も就任前からこれを問題視していました。

しかしながら、今回の法人税率の引き下げにより、米国内への資金還流が進むことが予想されます。その還流資金による雇用拡大や投資の活発化も見込まれます。トランプ大統領の言葉を借りれば「企業が(アメリカに)戻ってくる」ということになるでしょう。

事実、米半導体大手のブロードコムは、登記上の本社をシンガポールからアメリカに移すことを決めました。
アップルも2018年1月17日に、今後5年で米国内の人工知能(AI)などの事業に300億ドル(約3.3兆円)を投資し、雇用も2万人積み増すことを発表しました。他にもウォルマート・ストアーズやウェルズ・ファーゴでは最低賃金の引き上げ、バンク・オブ・アメリカやAT&Tでは従業員へのボーナス支給などが行われます。法人税率引き下げは、特に、実効税率が高い金融や小売りなどにとっては恩恵が大きいものと思われ、このような動きにつながっています。これらはアメリカのGDP(経済成長率)を押し上げることになるでしょう。

1-3.所得税最高税率の引き下げ(39.6%→37%)とその効果

一方、個人税制の分野においては、所得税率の引き下げが行われることにより、10年で約1兆ドルを超える減税となります。概算控除の倍増など各種の控除制度も見直すため、90%以上の家計が減税対象になると思われますが、高所得層は恩恵がより大きくなる見込みです。これは当然ながら、個人消費の拡大に寄与します。

2.米税制改革がもたらす影響

それでは、今回の米税制改革がもたらす影響について、経済面と金融面の両面からみてみます。

2-1.経済面への影響

法人税減税も所得税減税も、景気を大きく刺激し、景気拡大に寄与します。前述のとおり、企業による設備投資や研究開発投資の活発化、個人消費の拡大などを通じて、米景気を押し上げるでしょう。米景気は長い間拡大を続けており、「米景気は近く後退するのでは」との見方も根強くあります。
また、最近は「長短金利の金利差縮小(イールドカーブのフラット化)が、近い将来の景気後退を示唆している」との見方も浮上していますが、これらを打ち消してさらに景気拡大が続く可能性があります。実際、米FRB(連邦準備理事会)は、大型減税を踏まえ、2018年の米経済成長率予測値を2.1%から2.5%へ引き上げています。

2-2.金融面への影響

金融面への影響としては、まず為替市場に与える影響が考えられます。米国への資金還流や実体経済の拡大は、中長期的にはドル高要因となるでしょう。また、米株式市場は、法案成立のかなり前から今回の大型減税を織り込み史上最高値更新を続けており、1月17日には26,000ドルを突破しました。昨年9月からほぼ一本調子で上昇しており、この間の上昇幅は約4,000ドルにも達しています。

グローバル ビジネス

3.日本にもたらす影響

今回の米税制改革は、さまざまな形で今後日本にも波及するでしょう。主なものは次のとおりです。

  1. 日本企業の利益押し上げ(プラスの影響)
  2. 繰り延べ税金資産の取り崩しによる費用計上(マイナスの影響)
  3. 米国株高・日本株高による資産拡大効果(プラスの影響)
  4. 法人税率引き下げ気運の高まり・日米欧間での引き下げ競争の加速

3-1.日本企業の利益押し上げ

上記の中では、何といっても「1.日本企業の利益押し上げ」が大きいと思われます。米国に子会社を持つ日本の企業は多く、法人税減税により連結ベースでの利益の押し上げが見込まれます。一部のシンクタンクの試算では、この規模は約4,000億円ともいわれ、特に自動車や商社、サービス業はこの恩恵を受ける企業が多くなると思われます。

3-2.繰り延べ税金資産の取り崩しによる費用計上

将来の税負担が減ることを見込んで貸借対照表に積んでいる繰り延べ税金資産について、税率低下により支払う税金が少なくなれば、一部を費用計上する必要があります。つまり、会計上の利益と税法上の利益にずれが生じた場合に生ずるものです。

今回、米企業でも金融大手を中心に、大幅減益となる会社が相次ぎました。例えばシティグループは、2017年10~12月の四半期決算において、今回の税制改革に伴い約220億ドル(2.4兆円)純利益が押し下げられ、赤字転落する見込みです。これはあくまでも一時的なものですが、マイナス要因といえます。日本企業においても2017年10~12月期の決算発表が1月下旬以降本格化しますが、今回の法人税減税を受け業績を下方修正する企業が出てくるかもしれません。

3-2-1.繰り延べ税金負債の取り崩し

ただし、逆に、将来の税負担が増えることを見込んで貸借対照表に繰り延べ税金負債を積んでいる場合は、利益を押し上げる場合もあります。実際に、ネット証券大手のマネックスグループは、1月10日に、「米法人税減税により、米国セグメントにおいて繰り延べ税金負債を取り崩し、法人所得費用が約9億円減少し、当期利益が増加する見通しになった」と発表しました。このように、プラスの影響が出る企業もあります。

3-3.米国株高・日本株高による資産拡大効果

前述のとおり米国株式は上昇を続けていますが、日本の株式市場もこの影響を受け、日経平均株価も1月18日に24,000円を突破しました。恩恵を受けている日本の個人投資家は多いでしょう。為替市場はこのところ比較的落ち着いた動きとなっていますので、円建て資産にとっても外貨建て資産にとっても良い環境が続いているといえます。

3-4.法人税率引き下げ気運の高まり

日本においては、今回の法人税減税を受け、早速経済界から「さらなる法人税率の引き下げ」を求める声が出ています。政府への圧力も強まるかもしれません。また今後、日米欧間で、法人税率引き下げ競争が加速する可能性もあります。ただし、この法人税率引き下げ競争は、極端に税率の低いタックス・ヘイブンを生むという弊害を過去に生じているため、十分な注意が必要といえます。

4.米税制改革のリスク

今回の米税制改革は、規模が巨大であるだけに、プラスの影響ばかりではなく、副作用も否めません。マイナスの影響について、具体的に見てみましょう。

4-1.米財政赤字の拡大

まず何といっても、米財政赤字の拡大が最大のリスク要因です。米連邦債務は高水準ですが、今回の大型減税によりこれにさらに債務が積み上がるおそれがあります。もちろん、景気刺激による税収増が減税分を打ち消すという見方もありますが、米国内でもこうした見方は少数派のようです。過去の2001年のブッシュ減税でも財政収支は赤字に転落し、1986年のレーガン減税でも財政赤字は拡大しました。特に、レーガン時代の「双子の赤字」、つまり巨大な財政赤字と貿易赤字に苦しんだアメリカを覚えている人も多いでしょう。

4-2.米長期金利の上昇、米利上げ回数の増加

次に、米長期金利の上昇、米利上げ回数の増加も見逃せません。財政悪化は通常、長期金利の上昇に直結します。日本においても、例えば国債発行の増額計画が明らかになると、過去長期金利は例外なくすぐに上昇しました。現在の米株価の上昇は、米長期金利の安定に支えられている面も強いため、この前提が崩れると株式市場が大きく混乱する可能性があります。

実際、米長期金利はじりじり上昇(債券価格は下落)しており、1月19日には、2014年7月以来の水準となる2.66%まで上昇しました。また、米FRBによる利上げについても、現在のマーケットセンチメントよりも回数が増加したり、利上げペースが早まる可能性があります。

4-3.今後の米議会運営

最後に、今後の米議会運営についても触れておきます。今回の減税法案成立は共和党だけで完結し、民主党の意見は反映されませんでした。民主党は「減税は格差拡大を助長する」との立場で、議会では民主党員は全員反対票を投じました。これは、共和党・民主党が協力して法案成立したレーガン減税とは対照的で、今後の議会運営に火種を残したといえます。政権基盤が盤石でないトランプ政権にとっては、憂慮すべき材料といえるでしょう。

5.まとめ

今回の米法人税減税について、さほど関心がない人も多いでしょう。しかしながら、経済や金融はグローバル化が急速に進んでおり、超大国アメリカの大きな制度変更は、日本にも必ず影響が生じてきます。資産運用をしている、いないにかかわらず、私たちの生活に今後何らかの影響が出てくることが考えられますので、食わず嫌いにならず、その概要だけでも確認しておくとよいでしょう。

監修
ZEIMO編集部(ぜいも へんしゅうぶ)
税金・ライフマネーの総合記事サイト・ZEIMOの編集部。起業経験のあるFP(ファイナンシャル・プランナー)を中心メンバーとして、税金とライフマネーに関する記事を今までに1300以上作成(2024年時点)。
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