金融緩和の出口と住宅ローン・預貯金などへの影響

金融 株価

1.金融緩和の経緯・目的

1-1.バブル崩壊の影響とデフレ

平成元年~2年頃をピークとする資産バブルは、その後崩壊しました。その影響はあまりにも大きく、日本は長い間、デフレに陥っていました。マクロ経済的には、「現在の景気回復はいざなぎ景気を超えた」と言われるものの、正確には、「平成29年11月現在、日本はデフレからまだ完全に脱し切れていない」といえます。

1-2.デフレとは

デフレとは、「物価(主に消費者物価を指します)が、長期間にわたって持続的に下落すること」をいいます。以前の、牛丼店やファストフード店の激しい値下げ競争を覚えている人も多いでしょう。
人々はデフレに慣れると、一段の値下げを期待して物を買わなくなります。そうすると企業の売上が減り、従業員の給料が減ります。給料が減った従業員はさらに物を買わなくなるので、いつまでたっても売り上げが増えない状況が続きます。この悪循環のことを「デフレスパイラル」といい、日本は長年これに苦しめられてきました。

1-3.デフレの悪影響

バブル崩壊以降、日本は物価上昇をほとんど経験していません。デフレが長期化すると、経済は停滞します。
そのため、平成になってからの日銀の金融政策は、ほぼ一貫して「金融緩和」でした。日銀は、平成2年8月30日に利上げ(当時は公定歩合の引き上げ)を行ったものの、平成3年7月1日に利下げ(当時は公定歩合の引き下げ)に転じ、以降、ほんの一時期を除き例外なく金融緩和を継続してきました。

1-4.金融緩和政策と市場金利

金融緩和政策を採ると、市場金利は低下します。例えば、長期金利の指標である新発10年国債の流通利回りは、バブルピークの平成2年9月26日には8.735%まで上昇していましたが、相次ぐ日銀の金融緩和政策により、平成29年11月10日現在、0.035%まで低下しています。昨年平成28年7月8日には史上最低となる-0.3%まで低下しました。
そして、「究極の金融緩和」といえるのが、現在の「マイナス金利政策」です。

1-5.異次元緩和とマイナス金利政策

平成25年4月に現在の黒田総裁が就任し、「異次元緩和」政策が採られました。異次元緩和とは、具体的には、日銀による(長期国債を始めとする)資産の買い入れと、マネタリーベース(日銀が供給する通貨の総量)が年間80兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行うことです。マイナス金利政策は、この異次元緩和をさらに強化するために導入されました。

1-6.マイナス金利政策の概要

マイナス金利政策とは、具体的には、日銀が銀行から預かる当座預金の一部の金利を-0.1%に引き下げることをいいます。日銀の当座預金残高を3段階に分割し、そのうちの政策金利残高とよばれる残高に対しこのマイナス金利を適用します。金融機関は、日銀に預け入れると損をする(利子を払わなければならないため)ことになるため、その資金を貸し出しや投資に振り向けることが期待されます。
なお、マイナス金利政策は、政策金利をゼロ以下にするものであって、預金金利や国債の発行利率をマイナスにするものではありません。

1-6-1.マイナス金利政策の目的

マイナス金利政策は、平成28年1月29日の金融政策決定会合で導入が決定し、翌月2月16日より実際に始まりました。日銀は、当時その狙いを「質・量・マイナス金利という3つの異なる次元の緩和手段により2%物価安定目標を達成する」としていました。つまり、物価を早期に確実に2%にまで引き上げることを目指していたのです。平成29年11月13日現在未達ですが、日銀は依然、この目標をおろしていません。

1-7.長短金利操作付き量的・質的金融緩和の導入

平成28年9月21日に日銀は、マイナス金利政策に加え、今度は「長期金利がおおむね年0(ゼロ)%程度で推移するように長期国債の買い入れを行う」方針を公表しました。これは、事実上の(中央銀行による)長期金利の操作(イールドカーブ・コントロール)で、量的・質的金融緩和の枠組み変更といえます。
中央銀行が操作できる短期金利と異なり、長期金利は多くの市場参加者の総意を反映して動くため、これまで長期金利の操作は「ご法度」といえるものでした。
しかし日銀は、前述の2%物価安定目標を達成するためにあえて長期金利操作にも踏み切りました。そして、この「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、「2%の物価安定目標を安定的に持続するために必要な時点まで行う」としています。

2.金融緩和はいつまで続くのか?政府・日銀の出口戦略は?

2-1.日銀をとりまく状況

現在の日銀の金融緩和政策、とりわけマイナス金利政策は、経済が正常時には行われるべきものではありません。日本経済が非常時にあるからこそ採られている政策ですので、いつかは解除されるはずです。つまり、出口があるはずなのです。
今年になって、金融機関や経済学者、マスコミなどからこの出口についての論評、つまり「出口戦略を検討すべき」との指摘が多くなされるようになってきました。「「異次元」なのだから、「正常」に戻すべきだ」という論調が多く見られます。
例えば、日本経済新聞は、出口戦略について、その必要性を頻繁に取り上げています。
また、毎日新聞は、平成29年11月8日付の社説で「終わらぬ日銀の異次元緩和 長期化の弊害を直視せよ」というタイトルで、「日銀が金融緩和の正常化に動かないのは、物価上昇目標「2%」の達成に固執しているためだ」と、現在の日銀の金融政策を強く批判しています。
日本銀行 日銀

2-2.日銀のスタンス

しかしながら、当の日銀は、この出口戦略についてコメントすることは殆どありません。黒田総裁は、定例会見で出口戦略について質問されても「(出口戦略の検討は)時期尚早」と一蹴することが多いです。平成29年10月31日の会見では「出口は(2%の)物価安定目標が実現される状況で議論するもの。ミスリード」と、出口に関する議論を封じました。これは、岩田副総裁、中曽副総裁も同じで、現在は「出口議論の入口が見えない」状況といえます。

2-3.黒田総裁の任期

日銀の黒田総裁は平成30年3月に5年の任期が切れますが、平成29年10月22日の衆院選で与党が圧勝したため、再任される可能性が強くなっています。安倍首相は、アベノミクスの屋台骨を担う日銀の金融政策について、とりわけ黒田総裁の手腕を高く評価しており、黒田体制は異例の2期目に突入することが考えられます。確かに、2%という物価安定目標は未達であるものの、アベノミクス開始以来、株価は大きく上昇し、為替も円安になり、企業収益や雇用情勢は大きく改善しているからです。

2-4.金融緩和はいつまで続くのか?

このため、今後景気が急回復して物価が急上昇でもしない限り、現在の金融緩和政策は、少なくとも今後2~3年程度は継続される可能性が高いと考えられます。逆に、リーマン・ショック級の非常事態が発生する場合は、金融緩和がさらに深掘りされ長期化する可能性もあります。
また、もし安倍首相が黒田総裁を交代させる場合でも、「現在の金融政策を理解し、継続できる(安倍首相の)身近な限られた人物」を後任に据えると思われるため、やはり、金融政策の大幅な変更は望みにくいといえます。

3.海外の動向

日銀の出口戦略が注目される理由は、もう一つあります。それは、日銀と逆を向く海外の中央銀行の金融政策です。
日本では金融緩和が続いていますが、米国や欧州では、すでに出口に向けて動き出しているのです。米国でも欧州でも、日本同様物価が上がらない状況が続いているのは実は同じです。FRB(米連邦準備理事会)のイエレン議長は、経済が好調なのに停滞している現在の物価について、平成29年9月の定例会見で「ミステリー」と評しているほどです。それでも、米国や欧州では、経済状況を反映し、金融政策は日本とは違う方向に走りだしています。

3-1.米国(FRB)の動向

FRBは、平成25年12月より金融資産買入れ額の縮小(テーパリング)に着手し、平成27年12月からは利上げを開始しました。その後も何度も利上げしています。米国経済は相対的に好調が続いているからです。なお、米国における「利上げ」とはFF(フェデラルファンド)金利の誘導目標を引き上げることをいいます。現在の誘導目標は年1.00~1.25%で、平成25年11月10日現在1.16%となっています。

3-2.米国(FRB)の今後

平成29年11月1日のFOMC(米連邦公開市場委員会)ではFRBは利上げを見送りましたが、景気見通しの判断は引き上げました。このため、来月の12月開催時には利上げが実施される可能性が極めて高くなっています。日米の金利差(短期金利のスプレッド)は拡大傾向にあり、「円安・ドル高」の大きな下支え要因になっています。
トランプ大統領は、FRBの次期議長に、現在のイエレン氏に代えパウエル氏を選出しましたが、パウエル氏も内部からの昇格(FRB理事からの昇格)のため、現在のイエレン氏のスタンスを引き継ぐものとみられ、金融政策の大きな変更はなさそうです。
FRB

3-3.欧州(ECB)の動向

欧州も、ユーロ圏経済の景気回復傾向を背景に、米国同様出口戦略に着手しています。
ECB(欧州中央銀行)は、平成26年6月に日本に先駆けてマイナス金利政策を導入しており、平成27年12月にはマイナス幅を0.1%から0.3%へ、平成28年3月には0.4%まで拡大していますが、同年12月に資産購入規模の縮小を決め、事実上出口戦略に入りました。
そして、平成29年10月26日の理事会では、量的緩和政策の縮小を決定しました。具体的には、平成30年9月末まで量的緩和政策を延長(もともと平成29年12月末が期限だったため、既定路線)するものの、資産購入額を月600億ユーロ(約8兆円)から300億ユーロに縮小します。

3-4.欧州(ECB)の今後

ECBのドラギ総裁は、今回の政策変更について、金融市場に与える影響を最小限にするため「量的緩和策を唐突に停止することはない」旨述べていますが、一方で、「物価上昇率は徐々に高まっていくという確信が増した」とも述べています。このため、金融政策の方向としては出口に向かっていることは間違いありません。日欧の金利差(短期金利のスプレッド)は日米同様やはり拡大傾向にあり、「円安・ユーロ高」の大きな下支え要因になっています。

3-5.日銀に与える影響

このように、欧米の中央銀行のスタンスは日銀と逆の方向を向いています。先進国の中央銀行間でこれほどスタンスが異なるのも珍しいといえるでしょう。日銀は欧米の中央銀行の金融政策を常時分析・予測し、参考にしていますので、日銀の今後の金融政策に、何らかの影響を与える可能性は大きいといえるでしょう。

4.金融緩和が終わると、国民の生活にはどんな影響が出るか?

現在のマイナス金利政策は、個人・家計、企業(一般事業法人)、金融機関に対してさまざまな影響を与えています。いずれも、プラスとマイナスの両方の影響がある他、タイムラグを伴って副次的な影響が出ている場合もあります。
では、もし現在の金融緩和が終わると、私たち国民の生活にはどんな影響が出るでしょうか?具体的な例で見てみましょう。

4-1.住宅ローンやアパートローンを組んでいる人

住宅ローン金利やアパートローン金利が上昇し、返済額が増加します。全期間固定金利の場合は関係ありませんが、変動金利の場合は特に大きな影響が出るでしょう。自動車ローンなども同じです。
ただし、住宅ローン金利もアパートローン金利も、各金利の決定構造を勘案すると、若干のタイムラグを伴って上昇するものと思われます。

4-2.預貯金や株式・債券など金融資産を多く所有している人

金融緩和政策が終了すると、まず間違いなく預金金利が上昇します。預金金利は短期金利に連動するため、タイムラグを伴わずにすぐに上昇するでしょう。このため、預金が多い人にはダイレクトにメリットが出ます。
一方、株式や債券の反応は、何ともいえないところです。一般的に金融緩和の終了は株式・債券にとってはマイナス材料ですが、現在の欧米のように、出口戦略を採っている場合でも株式が大きく上昇し、債券(長期金利)も安定している場合があります。但しやはり鉄則として、出口に向かい始める場合には一般的に債券は保有しないほうがよい(個人向け国債の変動10年ものを除く)でしょう。
他、現在販売停止が多い一時払い終身保険や養老保険、学資保険など、いわゆる「貯蓄性が高い」生命保険は、予定利率の引き上げが行われたり、販売再開になる可能性があります。運用難の現在から見ると、これはプラスの影響といえます。生命保険を活用した相続対策の方法にも変化が出てくるでしょう。

4-3.その他の影響

現在、マイナス金利政策の影響で、教育ローンや奨学金の金利はかなり低くなっています。金融緩和政策が終了するとこれらの金利は上昇するため、学生やその保護者にとってはマイナスの影響が出ることが予想されます。社内財形貯蓄の金利や社内預金の金利も上昇しますので、会社員にとっては福利厚生面のメリットが生じるかもしれません。

4-4.一般企業にとっての影響

一般企業にとっては借入金利や社債発行金利が上昇するので、設備投資などにマイナスの影響が出るでしょう。
一方、企業にとってプラスの影響もあります。例えば、退職給付債務(PBO)は、(長期金利の上昇に伴い)割引率が上昇するため、退職給付費用、未積立額とも減少することになります。割引率は近年、低下の一途を辿っており、企業の退職給付会計にとって大きな負担となっていましたので、これは大きなメリットといえるでしょう。

4-5.金融機関にとっての影響

金融緩和の終了は、金融機関にとってはプラスとマイナスの影響があります。例えば、マイナス金利政策の終了は間違いなくプラスとなりますが、それにとどまらず金融緩和自体が終了し、短期金利が大幅に上昇すると、金融機関の調達コストが大幅に上昇するからです。「短期(金利)調達・長期(金利)運用」で長短のスプレッドを利益にしている金融機関にとっては、これは大きなマイナスです。

4-6.為替市場への影響

先ほども少し触れましたが、金融政策の変更は為替市場に大きな影響を与えます。もちろん、為替市場の変動要因は金融政策以外にもさまざまなものがあり、一概にいうことはできませんが、一般的にもし日銀が「出口戦略を検討する」旨表明したら、大幅な円高になるでしょう。他国通貨との金利差縮小を期待する向きが円買いに走ると思われるからです。そうなれば、外貨建て資産を保有している個人や企業にとっては大きなダメージとなり、輸出企業の業績にも悪影響を与えることになります。
このため、日銀が出口戦略について現在ほとんどコメントしていないのも、少しは頷けます。特に黒田総裁は財務省(旧大蔵省)出身で、財務官も経験しているいわば「為替のプロ」ですので、金融政策の変更が為替市場に影響を与えないよう、とりわけ慎重に行動するものと思われます。

5.まとめ

見てきたように、今後の金融緩和の縮小や終了は、私たち一人一人の生活にとっても無関係ではありません。これから家を買って住宅ローンを組む人や、資産運用を始めようと考えている人、預金が多い人などには特に大きな影響が出るでしょう。
金融政策の変更はもちろん日銀の専管事項ではありますが、その判断のベースになるのは物価であり、景気の状況です。国民生活に大きな影響を与える事項ですので、私たちも、日頃から物価や景気動向に関心を持つようにしましょう。そうすれば、万一金融緩和が終了した場合でも適切な行動を取ることができ、資産防衛・資産形成が可能になるはずです。]]>

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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