アメリカ大統領選でトランプ氏が勝利!税制改革と世界・日本への影響

アメリカ選挙

 2016年11月8日、第45代大統領を選ぶためのアメリカ大統領選が行われ、接戦のすえ、共和党のドナルド・トランプ候補が選挙人279人を獲得し、選挙人228人を獲得した民主党のヒラリー・クリントン候補に勝利しました。

大統領選の経緯をたどりますと、ヒラリー・クリントン氏は国務長官在任中の公務に私的な電子メールアカウントを使ったという疑惑があり、対するドナルド・トランプ氏も異民族に対する暴言や女性問題などがあり、両者とも批判合戦になっていました。ヒラリー・クリントン氏に関しては選挙1週間前にFBIの操作が再開されましたが、直前にFBI長官が訴追しないことを表明し、ヒラリー・クリントン氏がやや有利かという予測が出ていましたが、それを覆してドナルド・トランプ氏が競り勝つ結果となりました。

イギリスで行われた国民投票によるEU離脱決定もそうですが、今年は想定外のイベントが世界中で起こっており、政治・経済とも従来の概念では捉え切れない時代に突入しつつあるといえます。

トランプ氏勝利の理由

アメリカ国民に広がる閉塞感と低所得者層の人気の獲得

ドナルド・トランプ氏は選挙運動中に数々の暴言を繰り返し女性に対しても悪いイメージを与えており、このような人が世界最大の国である米国の大統領になるはずがないという意見が世界の多くを占めていましたが、それに反してアメリカ国内では予想外に人気を集め勝利する結果となりました。

トランプ氏に人気が集まった要因には様々なものがあると思われますが、その大きな一つは、2008年のリーマンショック後、アメリカでの所得格差が拡大しており、増大した低所得者層がトランプ氏の支持に回ったと考えられます。さらには、トランプ氏の女性問題で多くの女性に悪い印象を与えたという見方が広まっていましたが、実際はそれほど影響を与えておらず、多くの女性の票を獲得したことも勝利の要因となっています。それほどまでに、アメリカ国内では既存の政治家に対する不信感や社会全体の閉塞感が広まっており、既存の概念を打ち壊してくれそうなトランプ氏に票が集まったと思われます。

東西海岸部でクリントン氏、内陸部でトランプ氏

アメリカ大統領選では、それぞれの州でより多くの票を獲得した候補者がその州の選挙人全員を獲得することになります。
得票数では、クリントン氏:59,814,018票(47.66%)、トランプ氏:59,611,678票(47.5%)と、クリントン氏が若干多く獲得していますが、獲得した選挙人数ではトランプ氏のほうが勝ったため、トランプ氏が次期大統領に当確となりました。

州毎の投票結果を見ると、東西海岸部でクリントン氏リード、内陸部でトランプ氏と投票結果が明確に分かれています
過去4回の大統領選挙結果を見ると、都市部では民主党が、内陸部では共和党が票を集めていますが、特に今回はその傾向が強くなっています。

所得、学歴、人種の要因別分析

今回のアメリカ大統領選の結果を所得、学歴、人種のそれぞれの要因に分けながら、各州および群の結果を探ってみます。Silhouette and colored united states map with names and capitals background

まず、アメリカ東海岸では、首都機能や集中するワシントン特別区や経済活動の中心であるニューヨーク州を中心に、マサチューセッツ州、ワシントン州、ニュージャージー州、メリーランド州、バージニア州など選挙人の多いメインとなる州で、クリントン氏が勝利しています。
また、アメリカ西海岸では、シリコンバレーやハリウッドが位置しアメリカ最大の選挙人数55人を誇るカリフォルニア州を中心に、ラスベガスのあるネバダ州、オレゴン州、ワシントン州でも、クリントン氏が勝利しています。
さらに、内陸部でもシカゴのあるイリノイ州ではクリントン氏がリードです。
これらの地域は、政治家、金融関係者、大企業の役員・従業員など、高所得者層/高学歴層が多く居住する地域であり、これらの人々の支持をとりつけています。
ただし、カリフォルニア州は全体はクリントン氏勝利ですが、低所得者層/低学歴層の多い地域ではトランプ氏が若干優位です。

一方で、アメリカ中部・内陸部では、選挙人数38人のテキサス州を中心に、ミズーリ州、ウィスコンシン州などでトランプ氏が勝利しています。
また、アメリカ南東部では選挙人数29人のフロリダ州を中心に、選挙人数の多いジョージア州、ノースカロライナ州などでトランプ氏が勝利しているほか、アメリカ東部でも、やや内陸寄りのオハイオ州、ペンシルバニア州でもトランプ氏の当確となっています。
これらの地域は、一様には評価できないため、トランプ氏が勝利した州を抜き出し、さらに、州内の郡単位で細かく見てみます。

まず、フロリダ州全体ではトランプ氏の得票数が多いですが、リゾート地として有名なマイアミを中心に、マイアミ・ディド郡、ブロワード郡、パームビーチ郡などいずれも人口が多く高所得者層/高学歴層が多い地域ではクリントン氏がかなりリードしています。そのため、フロリダ州全体では、両者はわずか1.3%の得票差です。

また、テキサス州でも全体はトランプ氏ですが、ヒューストン、ダラス、サンアントニオなど大都市の位置する郡ではいずでもクリントン氏の得票数が上回っており、いずれも高所得者層/高学歴層が多い地域です。一方、メキシコとの国境が近いテキサス州南部は、低所得者層/低学歴層が多いですが、特に非白人層が多くクリントン氏が勝利しています。

他、ペンシルバニア州のフィラデルフィア、オハイオ州のコロンバス、シンシナシティ、テネシー州のナッシュビル、ミズーリ州のカンザス、アラバマ州のバーミンガム、ジョージア州のアトランタ、サウスカロライナ州のコロンビア、ノースカロライナ州のジャーロット、ローリー、など、いずれも州都や大都市部を中心にクリントン氏リードです。これらは、高所得者層/高学歴層が多い地域です。

【出典】The Washington Post: Live Results: Presidential Election

これらを総合すると、次のような傾向が見られます。

  • 高所得者層/高学歴層が多く人口が集中する都市部および海岸部ではおおむねクリントン氏が勝利、一方、低所得者層/低学歴層が多い都市の周辺部および内陸部ではだいたいトランプ氏が勝利
  • 白人層が多いアメリカ北部は一部を除いて圧倒的にトランプ氏が勝利、非白人層が多いアメリカ南部ではクリントン氏とトランプ氏に分かれている
  • メキシコ国境に接する地域ではクリントン氏勝利が多い

メキシコ国境付近の一部の地域を除けば、非白人層が多い地域でもトランプ氏への投票数が多いため、トランプ氏が移民やイスラム教徒に対して暴言を繰り返したことの影響はあまりなかったようです。

トランプ氏の大統領就任で、所得税、相続税など税金はどうなる?

今回の米大統領選は批判合戦の様相を呈し、互いの政策が非常に見えにくくなっていましたが、両者それぞれ政策は発表しています。その中でも所得税、相続税、法人税など税金関連を主に紹介します。

なお、あくまでも公約として掲げたものであり、実際に実施されるかどうかは定かでありませんが、実施される予定と仮定して記述します。

トランプ氏の政策

ドナルド・トランプ氏が2016年3月時点で公約として掲げたもので税金・経済関連では次のようなものがあります。

所得税

  • 所得税率を現在の7段階から3段階に簡素化
  • 最高税率を39.6%→25%に引き下げ
  • 長期キャピタルゲイン・配当収入税の最高税率を20%
  • 年収2万5000ドル未満の単身世帯と年収5万ドル未満の夫婦世帯は所得税を免除

相続税

  • 遺産税の廃止

法人税

  • 法人最高税率を35%→15%に引き下げ
  • 米企業の海外留保利益について税率10%のみなし課税

経済

  • 雇用促進と政府のコスト削減で19兆ドルの財政赤字を解消
  • 環太平洋連携協定(TPP)に署名せず
  • 社会保障プログラムの充実

アメリカの課税状況

トランプ氏の公約の目玉として大幅な税制改革がありますが、まずは現時点でのアメリカの課税状況を確認してみます。
2013年度実績の所得・消費・資産課税等の税収比の国際比較です。

個人所得課税
(所得税)
法人所得課税
(法人税)
 消費課税
(消費税)
 資産課税
(相続税)
日本 32.5% 22.4% 29.7% 15.4%
アメリカ 51.1% 11.2% 22.9% 14.9%
イギリス 34.1% 9.5% 41.2% 15.2%
ドイツ 42.2% 7.9% 45.8% 4.1%
スウェーデン 37.0% 8.0% 37.6% 17.3%
フランス 29.6% 9.0% 38.6% 22.8%

()内は日本での税科目名
【出典】財務省:所得・消費・資産課税等の税収構成比の国際比較(国税+地方税)

アメリカは日本よりも、個人所得課税がかなり多く、逆に法人所得課税は半分程度であることがわかります。資産課税(相続税等)は同じ程度です。

所得税率の引き下げと相続税の廃止、むしろ富裕層に有利か

トランプ氏の公約では、現在の所得税税率7段階(10%、15%、25%、28%、33%、35%、39.6%)を3段階に簡素化し、最高税率を25%(+州・地方税)とするとしています。日本での所得税の最高税率45%(住民税込みで55%)ですので、富裕層にとっては現時点ですでに日本よりも有利な状況であることがわかります。これをさらに下げるということですから、富裕層にとってはさらに魅力的な税率となります。さらに、株式売却などに関わるキャピタルゲイン・配当も現在よりやや低くなり20%(日本と同じ)にするとしています。

一方で、低所得者層にとっては、年収2万5000ドル未満の単身世帯と年収5万ドル未満の夫婦世帯は所得税を免除という政策がありますが、もともと払う税金が少ない層にとっては免除されてもそれほど恩恵は感じないと考えられます。

次に、相続税については、廃止を打ち出しており、これはかなりのインパクトです。
アメリカの相続税は、国税に当たる「連邦税」と、地方税にあたる「州税」の2つがあります。州税は州政府が課税するものですので、トランプ氏の政策では、合衆国政府が課税する連邦税を指していると考えられます。連邦税は「遺産税」と呼ばれており、被相続人が納税する義務を負い、全ての遺産の総額に対して課される税金です(日本の相続税は相続人に課されます)。

現行の制度では、基礎控除額は545万ドル(2016年)であり、それ以上の遺産がある場合に課税対象となります。基礎控除額を除いた課税対象金額に対して18%~40%の遺産税率が課されます。

1ドル100円で換算すると、545万ドル=5億4500万円です。日本の相続税の基礎控除額は、3000万円+相続人の数×600万円(相続人が配偶者、子2人なら4,800万円)ですから、1桁以上異なり、もともと富裕層でない限り遺産税を課税されないことがわかります。

これを廃止にするというわけですから、富裕層にとっては相当なメリットとなります。今までタックスヘイブンに移住したり会社を作ったりして、なんとか課税を回避して子孫に遺産を残そうとしてきた富裕層が、それをする必要がなくなります。

ここまで見てくると、トランプ氏の税制改革は、低所得者層にはほとんど影響がなく、むしろ高所得者層の税金負担を大幅に軽減するものとなっています。それにも関わらず、低所得者層の支持を多く獲得したのは、ある意味、不思議な結果といえます。

クリントン氏の政策

参考までにクリントン氏が掲げていた公約を見てみます。

  • 年間100万ドル以上の高所得者の所得税率を30%に引き上げ(譲渡所得を含む)
  • 年収46万5000ドル以上の夫婦に対する短期的なキャピタルゲイン課税の増税
  • 年収500万ドル超の所得に対する限界税率を39.6%→43.6%に引き上げ
  • 相続税の最高税率を40%→45%に引き上げ
  • 相続資産の評価額が夫婦で10億ドル以上の場合には最高税率を65%に引き上げ

所得税、相続税(遺産税)とも増税であり、トランプ氏とは正反対の政策を掲げていました。

トランプ氏の税制改革による世界・日本への影響

アメリカがタックスヘイブンとなる可能性

所得税・相続税・法人税の大幅減税を掲げたトランプ氏の政策が仮にすべて実行された場合、おそらく世界および日本に絶大な影響を及ぼすことになります。

所得税25%、相続税ゼロ、法人税15%という値は、シンガポールや香港などのアジアのタックスヘイブンに近い値です。パナマやバミューダ諸島のように、所得税、相続税、法人税すべてゼロというわけにはいきませんが、日本の税率(最高税率:所得税45%、相続税55%、実効法人税30%)と比べるととても魅力的な内容です。つまりアメリカがタックスヘイブンと化すのです。
実は、すでに米国内でもデラウェア州では州法人税が非課税、ネヴァダ州では州法人税/州所得税が非課税と一部の地域でタックスヘイブンがあるのですが、連邦の法人税引き下げにより、アメリカ全土がタックスヘイブンとなります。

世界最大の経済大国であるアメリカがタックスヘイブンになるとなれば、その影響力は絶大です。今までのタックスヘイブンといえば、ほとんど小国であり実体経済はなく単なる租税回避という意味合いが強くありましたが、実体経済規模が最大のアメリカがタックスヘイブンであれば、そこでビジネスを展開する価値は非常に大きいです。さらに富裕層にとっても相続税の心配がなく米国の大都市部などに居住でき、ビジネスとの距離も近いため、魅力が高まります。経済規模が大きく、かつ、税率が小さいとなれば、まずアメリカでビジネスを行うほうが有利と考えるでしょう。

そうなると日本はアメリカに対して国際競争力を失う可能性があります。日本企業にとっても、アメリカ市場が対象の製品・サービスについては、アメリカに拠点を移してそこで利益を立てたほうが良くなります。国内では人手不足も取りざたされており、優秀な人材を求めてアメリカへの移転が強まるおそれもあります。

ただ、トランプ氏はアメリカ第一主義を掲げており、新たな移民や外国企業の参入を拒否する可能性もあります。おそらく、米国人および米国企業を優先し、今まで国外流出した米国の富をもう一度国内に還流させる狙いがあるかもしれません。もしそうなると、今までタックスヘイブンとして栄えてきた新興国にとっても危機が生じます。

いずれにしても世界全体の経済規模が短期間で一気に拡大することはありませんので、アメリカを中心とした各国間の利益の奪い合いとなるかもしれません。

アメリカの税収は大きく減収する

アメリカの税収は連邦、地方すべて合わせて2016年時点で、約6.6兆ドルであり、その内訳は所得税が2.3兆ドル、社会保険が1.9兆ドル、消費税が1.4兆ドル、法人税が0.5兆ドルとなっています。所得税の税収が多くを占める中で、所得税の大幅減税を行うと、約1兆ドルの減収になるといわれています。
財政赤字の対GDP比の割合は現在の75%から数年で125%程度にまで増大するおそれもあります。
減収分をどのように補い財政赤字を補てんするのかは全く見えてきていません。

ただ、アメリカが魅力的なタックスヘイブンになった場合、今までアメリカ国外に流出していた富が国内に還流する可能性はあります。
現在、アメリカの連邦遺産税の収入は約200億ドルと、政府全体の歳入のわずか0.6%(日本は約2%)であり、世界の富裕層が多くいるはずなのに遺産税の収入が極端に少ないことがわかります。また、巨大企業が集中しているはずのアメリカの法人税収も所得税収の約5分の1強(日本は約3分の2)と極端に少ないです。
これはまさに、個人・法人とも富裕層や巨大企業がタックスヘイブンに利益を移転し課税を逃れていることの表れであり、それゆえに国内に富が還元されず低所得者層が多く生まれ、今回のような選挙結果につながった可能性があります。

アメリカ第一主義の本質

トランプ氏が打ち出した富裕層の減税は、一般的には高所得者層の支持を得、クリントン氏が掲げた富裕層の増税は、低所得者層の称賛を得るものですが、今回の大統領選においては逆の結果となったことに、大きな意味があるように思われます。

クリントン氏のような「強きをくじく」姿勢は、どの国、どの時代においても人気があるものですが、今回の大統領選ではその言葉自体が偽りではないかという不信感が多くの人の心にあったのではいかと予想されます。

先ほど述べましたように、アメリカではForbesに名前が掲載されるような超富裕層や、世界ランキングに入るような巨大企業が多く存在するにもかかわらず、遺産税、法人税とも少ない収入であり、タックスヘイブンに逃れていることがわかります。つまり、今まで政府は課税逃れを認識しながらも対策をすることなく暗に認めてきたような状況であり、たとえ富裕層への税率をアップしたとしても、すでにタックスヘイブンに移転している富裕層にとっては何も痛くはないのです。表向きでは正論を主張しながら、実際は国外に富を移し国内を疲弊させている政治家・大企業・富裕層たちに多くの国民がNoを突きつけた可能性があります。

Forbesの世界長者番付2016年版によると、トランプ氏の資産は約45億ドルとされていますが、トランプ氏はその資産の多くをアメリカ国内で所有していると推測されています。トランプ氏自身も課税逃れ問題を抱えていますが、アメリカ国内に富を残す姿勢が意外にも評価されているのかもしれません。

アメリカ第一主義」という言葉は、他国の利益はさておき、まずアメリカだけの利益を第一に考える思想としてよく捉えられていますが、今回に限っては実は政治的イデオロギーがそこまで強く存在するわけではなく、単純にアメリカ国内の疲弊を立て直したいという想いが多くの人にあるのではないかと思われます。国外に富が流出し自国が疲弊する傾向が続けば、どの国でも自国を守ろうとする動きが出てくるのは当然といえます。

ただ、多文化・多様性の歴史があるアメリカではそれを堂々と打ち出すことは、政治的正しさに欠けると認識されてきた面もありますが、今回、政治的なしがらみのないトランプ氏が堂々と言及したことが、人々の共感を得たのかもしれません。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を2000本以上、執筆・監修。
「マネー現代」にも寄稿している。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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