配偶者控除が廃止?今後の所得税改正の動向

夫婦間の贈与で贈与税がかかる場合/かからない場合の具体例

2016年の政府税制調査会(首相の諮問機関)で、大きなトピックとなっているのが「配偶者控除」の見直しについてです。

「配偶者控除」とは配偶者の年収が103万円以下の場合に、扶養者の所得から一定額を差し引き、所得税の負担を軽くする制度のことです。この制度があることで、妻が年収を103万円以下に抑えようとするため、女性の社会進出を阻んでいる、あるいは女性の労働力を有効活用できていないことが問題となっています。

まだ確定ではありませんが、2017年(平成29年)には配偶者控除が廃止される可能性が高まってきています。しかし、一方で配偶者控除廃止で中間所得層の負担が増えることから反発もあり、廃止が見送られる可能性もあります。

まず、配偶者控除見直しの最新情報をお伝えするとともに、配偶者控除の意味と、現在、何が問題であり、なぜ廃止の方向に向かっているのか考えてみます。


配偶者控除は廃止ではなく、年収ラインを150万円に引き上げることに決定され、2018年から適用されることになりました。
詳しくは、「配偶者控除の年収ラインが150万円に改正」をご覧ください。

配偶者控除見直しの最新情報

2016年9月9日、政府税制調査会(首相の諮問機関)は所得税の根本的な改革に向けた議論を開始しました。1億総活躍社会を目指す安倍政権は、103万円の壁を取り払って専業主婦やパート主婦の社会進出を図ろうと、当初は、配偶者控除の見直しに意気込んでいました。

ただ配偶者控除という制度では、所得が高い人ほど多く控除されますので、配偶者控除を廃止すると、所得が高い人ほど負担が増すことになります。そこで、配偶者の収入に関係なく税負担を軽くする「夫婦控除」の導入が検討されていましたが、だいたい夫の年収500万円を超える中高所得層では税負担が増すことから、反発の声が高まっていました。2017年の衆議院選挙を翌年に控えて、与党である自民党内では選挙への影響を気にする声も出てきていました。

そして、2016年10月6日、政府は配偶者控除を延期する方針を固めるとともに、現在、「年収103万円以下」となっている年収制限を「年収150万円程度」に引き上げる検討を進めていく考えを示しました。

2016年11月の段階では、配偶者控除の対象を「年収130万円」もしtくは「年収150万円」に引き上げることが検討されていましたが、年収130万円では中小企業の従業員も社会保険料の負担が生じて手取り収入減となり効果がありません。
その結果、11月24日、配偶者控除の対象を「年収150万円」に引き上げたうえで、配偶者の収入が1,120万円(所得が900万円)を超えたら適用から外す方向で方針がまとまりました。また、年収150万円を超えても手取り収入が少なくならないように、現行の配偶者特別控除制度をスライドさせ、年収201万円までは控除額を段階的に減らす予定となっています。

【参考】103万円の壁の引き上げは妥当なのか?

配偶者控除の目的と内容

なぜ配偶者控除があるのか?

専業主婦(主夫)あるいはパート労働の配偶者がいる場合、なぜ特別に控除されるのでしょうか?
それは、専業主婦(主夫)の家事労働にも経済的な効果があることを認め、その分を経費として差し引くためです。専業主婦(主夫)の場合、フルタイムで家事や子育てをしますが収入はありません。もし、これらを誰かに依頼したらそれなりの費用が発生するはずです。その分を考慮して、扶養しているパートナーの所得から一定額を控除しましょうというわけです。

妻が主婦またはパートで夫に扶養されているケースの年収について語られることが多いですが、「配偶者控除」ですので、逆に妻が夫を扶養しているケースでも当てはまります。

配偶者控除では何が控除される?

配偶者の1月1日~12月31日の年収が103万円以下の場合に、その配偶者を扶養しているパートナーの所得から一律で38万円が控除されます。正確にいいますと、配偶者の1月1日~12月31日の合計所得が38万円以下の場合に適用されます。

年収」「所得」という言葉が出てきましたが、「年収」とはサラリーマンなら給与収入のことで1年間に実際に得た金額です。「年収」から経費を差し引いた金額が「所得」です。サラリーマンでも、仕事をするためには食費や交通費、衣服代がかかりますので、その分が控除されて給与所得となります。年収103万円以下の場合の控除額は65万円ですので、所得は38万円以下になります。

年収103万円を超えても配偶者特別控除がある

配偶者の年収が1円でも103万円を超えてしまうと、配偶者控除は適用されません。その代わりに、配偶者の年収が103万円~141万円(所得では38万円~76万円)の範囲なら「配偶者特別控除」という控除があります。配偶者の合計所得金額に応じて控除額は、次の表のようになります。

配偶者の合計所得金額 配偶者特別控除の控除額
38万円を超え40万円未満 38万円
40万円以上45万円未満 36万円
45万円以上50万円未満 31万円
50万円以上55万円未満 26万円
55万円以上60万円未満 21万円
60万円以上65万円未満 16万円
65万円以上70万円未満 11万円
70万円以上75万円未満 6万円
75万円以上76万円未満 3万円
76万円以上 0円

つまり、配偶者の年収が103万円を超えたからといって、突然、税金の負担が一気に増すわけではありません。配偶者の年収が141万円に至るまで、段階的に少しずつ控除額が減らされていきます。一方で、配偶者の年収が増えるのですから、夫婦合計の収入自体は増えるのです。

配偶者控除でどのくらい所得税が安くなる?

年収」から必要経費を引いたものが「所得」、そこからさらに、基礎控除や配偶者控除、扶養控除、社会保険料控除などすべての控除を引いたものを「課税所得金額」といい、その金額に応じた税率をかけて所得税を計算します。

たとえば、平成26年度の労働者全体の平均給与に近い400万円の年収の場合ですと、給与所得は266万円、そこからいろいろ控除して課税所得金額は195万円以下となり、所得税率は5%です。配偶者控除38万円に5%をかけて、19,000円分、所得税が安くなる計算です。

年収600万円なら、給与所得は426万円、控除後の課税所得金額は330万円以下となり、所得税率は10%です。配偶者控除38万円に10%をかけて、38,000円分、所得税が安くなります。

年収1,000万円なら、給与所得は780万円、控除後の課税所得金額は695万円以下となり、所得税率は20%です。配偶者控除38万円に20%をかけて、76,000円分、所得税が安くなります。

課税所得金額は、実際には家族構成や保険料などによって変わりますので、一概にはいえませんが、だいたい平均的な家庭では上記のようになります。

配偶者控除を受けている人はどのくらい?

国税庁の平成26年度の民間給与実態調査結果によると、平成26年に配偶者控除を受けた人は約1,003万人です。また、配偶者特別控除を受けた人は約97万人です。合わせて約1,100万人の労働者が適用されています。この数字は夫婦どちらかの扶養者の人数ですので、夫婦2人では2,200万人が恩恵にあずかっていることになります。

配偶者控除の問題点とは?

所得税が安くなるので一見労働者に優しそうな配偶者控除がなぜ問題になっているのでしょうか?そこには、労働者側の側面と社会的な側面があります。

配偶者控除の労働者的な問題点

労働者側の側面としては、夫婦共働きで年収103万円以上の人は配偶者控除を受けられず不公平感が生じています。年収103万円以下の専業主婦(主夫)やパート労働者が必ずしも家事や育児に精を出しているとは限りませんし、夫婦共働きでも家に帰ってきたら家事や育児をしなければならないのは同じです。それなのに、年収103万円を基準に分けられてしまうことに不公平感があります。

特に近年では、長時間働く女性が増えたことで、専業主婦を優遇しすぎているという批判が高まっています。かつては、専業主婦のほうが多かったのですが、2014年では共働き1077万世帯に対し、専業主婦は720万世帯と、専業主婦がいる家庭のほうが少なくなっています

配偶者控除の社会的な問題点

年収103万円という基準は、「103万円の壁」とも良くいわれ、もっと働ける主婦でも103万円を超えないようにする傾向があります。主婦はパートで働いても良いが夫に迷惑をかけないように年収103万円以下が良いという風潮が長らく世の中で定着し、女性の社会進出に悪影響を与えているという指摘があります。

また、そのように働く主婦が多いことで、企業としてはもっと働いてもらいたいのに、年収103万円を超えないようにするために勤務を断られてしまい、労働者不足に陥っている会社が中小企業ではけっこうあります。主婦のパートを雇用している企業では、毎年9月、10月くらいになると、年収を抑えるために出勤日数を減らす人がいて大変困っているといいます。少子高齢化で労働者人口が減少しつつあり、どの業界も人手に不足している中で、本来もっと社会に貢献できずはずの主婦の労働力を生かせていないという声があります。

配偶者控除を廃止したらどうなる?

主婦がいる家庭の負担が増えてしまう

配偶者控除を廃止すると、主婦(主夫)がいる家庭の負担が増えることになります。上のほうで、配偶者控除でどのくらい所得税が安くなっているか記しましたが、配偶者控除がなくなれば、逆に控除を受けている人の負担がその分増すわけです。

夫婦共働きの家庭から見れば平等になって良いように感じますが、控除を受けている家庭からすると負担が増えるなんてとんでもないと考える人もいます。配偶者控除を受けている人は1,100万世帯、夫婦2人で見たら2,200万人もいるのですから、その人たちが不満を持ったら政治生命にも関わると怯える政治家もいるようです。

「夫婦控除」の案

近年では晩婚化が進み結婚しない人も増えており、少子化対策が大きな課題となっています。結婚しない人が増えている大きな理由の一つに経済的問題があります。20代、30代の若手の可処分所得が減っており結婚したくてもできないという現実があります。そこで、夫婦であれば年収に関係なく控除する「夫婦控除」の案も出ています。結婚して家族を作ろうとする夫婦に恩恵をもたらそうというものです。

ただ、夫婦控除では年収が多い人が有利になるという批判があります。控除額として議論されているのは一律76万円ですが、年収が少なく税率5%の人は38,000円分しか得をしませんが、年収が多く税率40%の人であれば304,000円も得をすることになり、ますます高所得者層に有利になるという意見があります。

税額控除の案

配偶者控除、夫婦控除どちらでも年収によって負担に差が出てしまうのは、所得から控除する「所得控除」という仕組みだからです。所得が多いほど所得税率は大きくなりますので、所得によって差が生じてしまいます。

そこで、最終的に支払う所得税額から差し引く「税額控除」の仕組みにすると、所得にかかわらず負担は平等となります。税額控除となるものは現時点では3つしかありませんが、そのうちの一つは、よく知られている「住宅借入金等特別控除(住宅ローン控除)」です。

現在の所得税の控除制度の根本的な見直し

所得税の控除は、配偶者控除だけでなく、扶養控除(16歳以上の親族を扶養している場合)、障害者控除、寡婦控除、勤労学生控除など全部で14種類ありますが、これらの控除制度は、もともと、夫婦2人と子供2人の家庭をモデルにして作られています。かつてはそのような家庭が多かったのですが、現在では、独身世帯の増加、高齢世帯の増加、離婚による母子家庭の増加など家庭の形態はだいぶ変化してきており、根本的な見直しが必要といわれています。

配偶者控除だけが大きく注目されていますが、それに限らず、政府税制調査会では所得税のあり方を抜本的に見直そうとしています。2016年参院選でも自民党の公約にこの点が盛り込まれていましたが、参院選で圧勝を収めたことで、いよいよ実行に移そうとしています。

秘策?の一つ、結婚に伴う引越費用の控除

たとえば、内閣府の子ども・子育て本部が平成29年度税制改正の要望事項としてあげている項目の一つに「婚姻転居費等を特定支出控除の対象に追加」という案があります。

お互いに遠方に住んでいる男女どうしが、仕事を続けながら結婚したいと望む場合、次の2つを特定支出控除の対象に追加しようというものです。
①婚姻に伴う同居のため、双方の勤務地に通勤可能な範囲内に転居する場合の転居費
②仕事の都合により婚姻後も同居できない場合の旅費

要するに、同居するなら引っ越し費用を、同居できず行き来するなら旅費を、それぞれ経費として認め控除しましょうということです。少子化対策のための結婚支援が目的ですが、従来では考えつかなかっであろうところまで踏み込んできています。

ただ、特定支出控除と呼ばれる控除制度が申請のハードルが高くほとんど利用されていないために、本当に利用できるのか疑問が残るところです。

「103万円の壁」の引き上げは妥当なのか?

政府は2016年10月時点で、結局、配偶者控除廃止を延期し、当面は、「103万円の壁」を150万円程度に引き上げる検討を進める方針を示しました。103万円→150万円に引き上げることは本当に妥当な政策なのでしょうか?そして、1億総活躍社会につながるのでしょうか?

所得税よりも住民税のほうが問題

当たり前のように使われている「103万円の壁」という言葉ですが、これは所得税に関するものです。そして、現状、年収103万円の人が年収150万円になった場合、社会保険料等を考慮しなければ、増加する所得税額は、(150万円-103万円)×5%=23,500円です。

一方、個人には、所得税以外に住民税も課せられています。住民税には、5000円程度が均等にかかる均等割と、課税所得に対して10%程度かかる所得割があります。
均等割が非課税となる年収は、都道府県・市区町村によって異なりますが、最低では年収93万円です。そして、所得割が非課税となる年収は100万円であり、「100万円の壁」とも言われています。所得割の税率も自治体によって異なりますが、だいたいの自治体では10%程度です。
上の例で年収103万円の人が年収150万円になった場合、社会保険料等を考慮しなければ、増加する住民税額は、(150万円-103万円)×10%=47,000円です。

つまり、「103万円の壁」が150万円に引き上げられた場合、所得税負担は23,500円減りますが、住民税47,000円の負担はそのままです。年収が低い人の場合、所得税の税率は5%、住民税の税率は10%ですので、所得税の「103万円の壁」を引き上げたとしても、住民税の「100万円の壁」が引き上げられない限り、中途半端な政策となってしまいます

所得税は国税ですので政府の議論で決めることができますが、住民税は地方税ですので、都道府県・市区町村まで巻き込んで議論しない限り決めることができません。

所得税よりも社会保険料のほうがもっと問題

もう一つ本当に考えなければいけないのは、配偶者の社会保険の扶養から外れなければならなくなる「130万円の壁」のほうです。年収130万円(正確には月収108,333円)を超えると、配偶者の扶養から抜けて自ら保険に加入しなければならず、保険料の負担が生じて手取り額が減ります。2016年10月1日からは、従業員501人以上の企業に限って、「106万円の壁」に引き下げられています。

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年収103万円の人が年収150万円になった場合、どちらにしても社会保険料の負担が生じます。年収150万円(月収125,000円)で40歳以上、東京の協会けんぽ加入の場合、社会保険料は、18,724円×12=224,688円です。なんと約22万5千円もの大きな負担が生じます。

もちろん税金と違って社会保険は多く払った分、将来の年金受給額が増加しますのでメリットはありますが、それでも経済的に苦しい家庭にとって、この負担は非常に大きいです。

住民税と社会保険料を合わせると、結局、年収150万円になっても、47,000円+約225,000円=約272,000円が引かれてしまい、実際には、122万8千円しか手元に残りません。年収103万円からの手取り増加額は年間約20万円、月に直すと約16,000円です。

仮に所得税の壁が150万円に引き上げられたとしても、パート主婦の人たちが、月々16,000円増加のために働く時間を増やしたいと思うかどうかは微妙なところでしょう。

配偶者控除の廃止と今後の所得税の動向のまとめ

夫婦共働き家庭の不満、女性の労働力を生かしたいという社会的要望などから配偶者控除の廃止が議論されており、近々に実現する可能性が高まってきています。ただ、配偶者控除を廃止するだけでなく、所得税制度の根本的な見直しが必要であり、今後の政府の対応が注目されるところです。

服部
監修
服部 貞昭(はっとり さだあき)
東京大学大学院電子工学専攻(修士課程)修了。
CFP(日本FP協会認定)、2級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)。
ベンチャーIT企業のCTOおよび会計・経理を担当。
税金やお金に関することが大好きで、それらの記事を1000本以上、執筆・監修。
エンジニアでもあり、賞与計算ツールなど各種ツールも開発。
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