いよいよ解禁!「給与のデジタル払い」のメリット、デメリット

給与

長い間議論されていた「給与のデジタル払い」が、日本でもようやく認められる方向になっています。

実際に解禁された場合に、私たちの生活はどこが便利になるのでしょうか? そもそも、どのような人が使うことが予想されているのでしょうか? また、デメリットはないのでしょうか?

海外とはかなり趣が違うようですが、その点も踏まえて「デジタル給与」について分かり易く解説します。

1.「給与のデジタル払い」って何のこと?

現在の日本では、会社員やパート・アルバイトの給料は「月に一度、銀行口座に振り込まれる」か「現金で手渡される」のが一般的ですね。この常識は「給与のデジタル払い」によってどう変わるのでしょうか?

(1)給与のデジタル払いとは? 給料をPayPayで受け取るという事?

「給与のデジタル払い」とは、給与を銀行口座を介さずにスマホ決済アプリなどで受け取れるようにすることを言います。

しかしながら『デジタル』というのであれば、銀行振込もデジタルな手段であり、デジタル通貨という意味であれば、PayPayなどの決済アプリだけが該当するわけではありません。

このため「給与のデジタル払い」という言葉に対して違和感を持った方もいるでしょう。実際、海外では使われていない言葉ですが、なぜか日本では決済アプリと連想して使われています。

これは、PayPayやLINE PayといったQRコード決済を使う決済アプリが、単なる決済ツール以上の多種多様な機能を提供しながら競合している日本特有の状況が背景にあると思われます。

(2)海外の「ペイロールカード」とはどんな仕組み?

海外には「ペイロールカード」と呼ばれる銀行口座不要のカードがあり、給与の入金に利用されています。

ペイロールカードは一般的にVisaやマスターカードなどのカードブランドが付いていて、キャッシュカードのように現金の引き出しに使ったり、電子マネーカードのように普段の買い物に利用することが可能です。

(3)日本の労働基準法では給与は現金払いが原則

日本では、大半の官庁で、20年前くらいまで給与は現金で支払われていました。

多くの公務員は毎月16日に給料が支払われますが、その日には、日銀支店から新札が大量に役所に届けられていました。今聞くと信じられないかもしれませんが、大学卒業後しばらく官庁に勤めた経験がある筆者は、その経験が擦り込まれているので、当時、給与は新札で貰えるものと信じていたくらいです。

その公務員には適用されてはいませんが、日本の労働基準法は、給与は現金で支払わなければならないと規定されています。この背景を理解するために、労働基準法をきちんと見てみましょう。

第11条  この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
第24条  賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の 労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2  賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という)については、この限りでない。

なお、労働基準法では給料とか給与とか言わず賃金という表現で統一されています。しかしながら、この記事では給与という単語で統一したいと思います。

さて、労働基準法で抑えておくべきポイントは以下の通りです。

  • ① 給与は現金で労働者本人の渡すのが原則
  • ② それ以外は労使で合意する必要がある(銀行振込もそこに含まれる)
  • ③ 給与は少なくとも毎月1回は支払わないといけない

これは、昔はお米や塩などを、盆暮れに賃金代わりに支払っていた時代の名残りでもあります。また、工場などで自社製品を給与の代わりに支払うことを禁止する意味もあります。いずれにしても、労働基準法はかなり古い時代の価値観を引きずっています。

2.給与のデジタル払いを認めるメリットは何か?

銀行口座を開くのに一苦労する海外では、事実上銀行口座機能を持つペイロールカードというものを生み出しました。

一方日本で「給与のデジタル払い」の議論が進められている背景には、PayPayやLINE Payなどの事業者による「銀行の独占業務である給与支払い業務に参入したい」という思惑があります。

では実際、給与のデジタル払いが認められた場合は私たちにどのようなメリットがあるのでしょうか? 銀行振込にはないメリットを確認してみましょう。

 (1)使用者も労働者も柔軟で迅速な対応が可能

今でも日払いをするアルバイトがありますが、多くは終わった後に現金支払いをしています。この場合、予め支払金額が決まっている必要があるなどの制約のあり、また給与事務は煩雑になります。

何より、かなりの金額の現金を取り扱うことになるので、紛失リスク、盗難リスクなど様々なリスクが生じます。

それに対して、決済アプリを介してアルバイト代の支払いをすることが出来れば、実労働時間に対する対応も柔軟に出来ますし、その手続きも現金支払いと比較をすればかなり便利です。

また、日本では決済アプリが使えるお店がかなり多くなっていますので、それがアルバイト代であれば、特に困らないという人が増えていると思われます。

人によっては、現金で貰うとついつい使ってしまうので、決済アプリにアルバイト代をチャージして貰った方が良いという人もいるでしょう。このように特にアルバイト代であると、労働者にも多くのメリットがあります。

(2)月2回以上の給与の支払いが可能になる

今のところ日本ではあまり議論になっていませんが、海外のペイロールカードの使われ方を見ていても、給与のデジタル払いの最大のメリットは、給与を早く支払うことのハードルが下げることだと思われます。

給料は月一回、翌月払い……日本の「常識」はおかしな風習?

多くの国では、時間給で支払われる給与は最低でも月に2回、オーストラリアなどでは週単位で支払われるのが一般的です。

先ほど、日本の労働基準法を確認していますが、そもそも時間給で働く労働者も対象に、給与に関して、月に1回を最低支払回数と決めている国は少ないのです。また、日本では月1回の給与が、後払いであることも容認しています。そのため、例えば、給与を「20日締め翌月25日支払」と決めている会社では、労働者は最長55日間給与の支払いを待たなければいけません

日本に生まれて日本で育っている多くの人たちは、このような給与の後払いを特別不当な扱いだと感じる人は少ないのかもしれませんが、時間給で働くアルバイトの人たちにまでこの条件で給与を支払うことを容認している国はかなり少数派です。

日本の給料が後払いになっている理由

これは、日本では、江戸時代まで遡る商家などでの丁稚奉公の習慣を、労働基準法が色々な意味で引きずっているからです。使用者が労働者に給与を支払わないことはないであろうという性善説に基づいている訳です。

これに対して、産業革命を経て労働者の保護を早くから意識した多くの国では、特に肉体労働者に対する給与を後払いにすることは、労働者を使用者に縛り付けることに繋がるとして早くから問題視されてきました。

このように、歴史の違いから日本では独特な性善説が今でも主流です。

給与のデジタル払いで支払いがスピーディーになる

しかしながら、今となっては、時間給で働く労働者の多くは早く給与を貰いたいと思っています。けれども、銀行の独占業務である給与支払いに関しては、振込手数料は一律であり金額比例ではないので、アルバイトやパート労働者に対しては、相対的に高くなってしまいます。

けれども、決済アプリへの支払いであれば、そのシステムが銀行よりも効率的に出来ているので、そのような振込手数料を必要としません。

振込手数料がゼロまたは安価であれば、企業も月に複数回給与を支払うことのハードルがかなり下がります。

早く給与を支払えば、労働者のモチベーションも上がりますし、特にパートやアルバイトであれば、早く給与を支払うことが他社と比較した優位性としてアピールが出来ます。このように、相対的に高い振込手数料を必要としない「給与のデジタル払い」は、早く支払うこと、月に何度も支払うことに関して、明らかにメリットがあります。

3.「給与のデジタル払い」のデメリットは何か?

多くのメディアで、「『給与のデジタル払い』が解禁される方向です」と書かれていますが、その具体的な条件は、現在厚労省で協議中です。

最大の焦点となっているデメリットは、「決済アプリにチャージされた給与が確実に現金化できるのか?」ということであり、かつ、「その資金は常に確保されるのか?」ということになります。

現時点では(2021年5月段階)、それを担保する条件でかなり紛糾しています。労働組合を代表する有識者からは、「1円単位で現金化出来ること」を求める意見が出ていると聞いています。これは、今日日、ATMですら1円単位での引き出しは事実上困難ですから、無理難題を吹っかけているように見えます。

このように議論はかなり流動的な要素が多く、特に現金化に関してはまだ確定しないのですが、デジタル払いのデメリットを担保するための条件は、以下のような方向性になっています。

  • ① 使用者(企業)が債務履行が困難になった時に備え債務を速やかに保証する仕組みを備えること
  • ② 決済アプリで不正取引などが生じた時に損失補償をする仕組みを作ること
  • ③ 最低月1回は手数料負担なく現金化できるようにすること
  • ④ 給与支払事業者の業務や財務状況を厚労省に定期的に報告することを義務化すること
  • ⑤ 給与支払い事業者に一定の財務的条件を課すこと

やはり最大のポイントは、「給与相当額の万が一の際の損失補填」と、「その現金化」となっています。

損失補填は、給与が現金払いでも紛失はあり得ることなので、事業者が反発していますが、昨年のドコモ口座のような第三者による乗っ取り事件があるので、全般的に厳しいスタンスになっています。

現金化については、現実的な条件で合意しないと、実務が機能しなくなる可能性もあると思われるので、その結論が待たれます。

なにより「給与のデジタル払い」の最大のメリットは、早く給与を支払えることなので、給与すべてをデジタル払いにすることを前提にしているのであれば、ATMアクセスがある海外のペイロールカードのようなものでないと難しいという結論になってしまいます。

4.給与のデジタル払いの本来の目的とは?

日本では、原則として銀行口座を誰でも簡単に作ることが出来て、銀行口座に関して維持手数料を取られることが一般的ではないので、その意味で銀行口座に代わるデジタル払いという視点に立つと、「給与のデジタル払い」のツールとしての決済アプリは非現実的で、「メリットがあるのだろうか?」となってしまうかもしれません。

けれども、この議論の前提には、日本でも給与はもっと早く払うべきであるという本来の目的が隠されていると思われます。

この視点に立った場合に、海外で一般的なペイロールカードでどのようなメリットがあるのか簡単に説明します。

ペイロールカードは、アメリカやフィリピン、メキシコなどで、主に外国人労働者が使っているものです。彼らにとって最大のメリットは以下の通りです。

  • ① 銀行口座を介在しないでも給料を貰えること
  • ② 母国に住む家族への送金が簡単にできること

特に②の送金に関しては、かなりの利便性があり、一時期ペイロールカードは外国人労働者にかなり浸透していました。現在では、マネーロンダリング対策の強化により、この機能にかなりの制約が課されてしまい、その意味での利便性がなくなってしまいました。

しかしながら、「給与を早く支払う」という点では、その機能はブラッシュアップしています。

完全3交代勤務で働くカジノの労働者や、チップ収入を当てにしているレストランの従業員などは、勤務が終了したらなるべく早くその日の給与を貰いたい人が多いと言われています。(これはチップ収入によってはかなりの高給を稼げるからと言われています)このような労働者を対象に、タイムカードで退勤を押した数時間後、または翌日にはその日に働いた分の給与が入っているペイロールカードや決済アプリが出てきています。

このように、銀行振込以外のデジタルな方法で給与を貰う最大のメリットは、労働者が働いた分の給与を早く手にすることが出来ることです。

非正規労働者の貧困化が深刻な問題となっている日本でも、「給与を早く支払うことの重要性」が遅かれ早かれ出てくると思われますので、その点を期待して「給与のデジタル払い」が実現して欲しいと考えています。

執筆
荒井 薫(あらい かおる)
労働省→公認会計士→コンサルタント→事業会社CFO&国際ブランド付きプリペイドカード事業の立ち上げをやりました。子供の頃から物書きになりたかったため、書く感性を磨きながら、皆さんに様々な情報をお伝えしていければと思っています。
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